アバン先生が結婚するらしい。
そんな噂がまことしやかに流れ始めたのは、大戦が終わって半年後の事だった。
ダイも無事戻り、めでたい事が続くものだとそう思ってた矢先、パプニカに留まり
復興の手伝いをしていた大魔導師が突然言い出した。
「旅に出たい」と





「いきなり何言い出すのよ?」


大量の書類に埋もれそうに成りつつ、レオナは突然の申し出に眉を潜めた。
本来彼は賓客としてパプニカに留まり、レオナを手伝ってきたのだから断る必要もないのだが
まだ復興途中と言う事情を慮りわざわざ許可を取りに来たのだろう。
それは解っているのだが、埋もれそうになる書類を前についつい不機嫌になる。
実際彼がいなければ困る事も多々あるのだ。

「…駄目かなぁ?」
「駄目に決まってるじゃない!君が居なくなったら誰がこの書類の山片付けるのよ!」
「いや。それは元々姫さんの仕事だし。」
「神官たちの古代書の解読だって終わってないし!」
「それ、三賢者でも出来るだろ?」

はぁ、と溜息をつくポップにレオナは何かないかと思考を巡らす。
要するに出て行って貰いたくないのだ。

「大体なんで急に旅に出たいなんて言い出すのよ?
この前暫くのんびりしたいって言ってたじゃない。」
「ん〜、心境の変化?」
「って自分のことなのに、?なんか付けないでよ。
また大臣にセクハラでもされた?」
「いや、されてないし。またって言うなよ。」
「あら、最初は結構色々されてたじゃない。君何でか同性にもてるんだから。
セクハラなら燃やしていいし、文句言ってきたらあたしが処理するわよ?」
「いや、自分で燃やすから問題ないし。最近そういうの少ないし。ってそうじゃなくてさ。」

ずれて来た論点を何とか元に戻そうと、ポップはレオナの書類を少し避けて
目の前に立つ。

「旅に出たいんだよ。ダイも戻った事だしいいだろ?」
「駄目。」
「ダイは置いて行くからさ。」
「じゃいいわ。」
「マジ?!」
「うそ。」
「ヲイ。」
「だって理由がわからないんだもの。いきなり旅に出たいなんて
ダイ君だってきっと納得しないわよ。まぁダイ君なら何も考えないで自分も付いていくって言いそうだけど。
とにかく理由がないと駄目よ。」
「だから遺跡とか回りたいし。知的好奇心?ってやつだって。」
「だから自分の事なのに?つけないでってば。」

呆れたように溜息を吐いてレオナは書類を端に避け、頬杖をついた。
自分も頑固だが彼も相当なものだ。
こうと決めたら決して引かないし折れない。
もっともそれは本当に譲れない事だけで、普段ならば大概の我侭は
苦笑しながら聞いてくれるのだけれども。
その彼がこれだけ言っても諦めないのは、それだけ何かがあるのだろうとは解っている。
が、理由もわからないまま「はいそうですか」と言うのは癪に障るのだ。

「ねぇ、ちゃんと理由教えて。そしたらあたしもちゃんと答えるから。」
「姫さん…」
「だってただの女の子のレオナの傍にはダイ君が居て欲しいけど、
パプニカのレオナ姫の傍にはポップ君が必要なのよ。
これって我侭かしら。でもとにかく理由を言ってくれなきゃ嫌よ。」

真っ直ぐに見つめてくるこの勝気なお姫様は、我侭でけれど聡明で。
おそらく察しが付いてるだろう事もきちんと聞かねば納得出来ないらしい。
ダイの捜索の含めたこの半年間に培った友情と、阿吽の呼吸にやれやれとポップは肩を竦める。

「気付いてんだろ?」
「知らないわ。」
「先生の事だよ。」
「アバン先生がどうしたって言うのよ。」
「結婚するらしいって。」
「それがどうかした?」

降参と両手を挙げて姫を見れば、人の悪い含み笑いを浮かべ
レオナもまた見つめ返した。

「先生が好きなんだよ。だから、結婚式なんか絶対出たくないんだ。
ここに居れば、式に出なくても顔を合わすだろ?だから旅に出たい。」





初めは憧れだった。
憧れて傍に居たくて押しかけた。
失った時の絶望などは二度と味わいたくないほどだ。
生きていたと知り、どれ程歓喜したか。
けれど、大戦が終わった時自分の甘さを知った。
昔のようにもう旅が出来ないんだと気付いた時、
憧れは憧れではなく想いだったのだと知った。
叶うはずが無いと半ば諦めてはいるものの、
それでも自分の失恋が決定するような場所にだけは
どうしても行きたくないし、見たくないのだ。

「…やっと本音言ったわね。」

ふふりと勝ち誇ったように笑いレオナは立ち上がると窓を開け放つ。

「行ってらっしゃい。でも一つだけ条件があるわ。」

その足でポップの傍に戻ると大きく一つ背中を叩く。

「いい?ちゃんと気持ち伝えてから行くのよ?じゃなかったら連れ戻すんだからね!」

失恋の特効薬は時間だけれど、それは自分の気持ちを伝えた場合の話だ。
伝えないまま終わった恋はいつまでも終わらないのだから。
ね?と笑ってウインクをすれば釣られてポップも頬を緩ませる。

「へぇへぇ。姫さんには適わねぇなぁ。」
「あったりまえよ。」
「んじゃ、行って来るかねぇ。」
「いってらっしゃい。」




そのまま窓から旅立った友人にエールを送るとレオナは窓を閉めた。
「結構上手く行きそうな気もするんだけどね。」
そうなった時の顔が見れないのは残念だけれど、まぁ戻った時にたっぷりからかえばいい。
駄目なら慰めればいいだけだ。
願わくば、最高の友人が泣く事がなければいいと。
再び書類の前に座り直しながらそう思いレオナは呟いた。
頑張れと。




戻る