ソレは。
酷く当たり前の日常の黄昏時に突然齎された。
酷く非日常的なものだった。
事実、その報告を受けた瞬間、
パプニカの女王であるレオナはその手に持っていた書類にインク壺を盛大に落としたし。
そのレオナが物凄い勢いで洞窟に飛び込みソレを報告した瞬間、
ポップは漸く手に入れた古書を足に落とした。


「マジでか・・・・?」

「マジで、だわよ。」


彼の足が落とした古書の所為で軽く痛むのはご愛嬌。
彼女の指先がインクで少し黒く染まっているのもご愛嬌。
そんな事すら彼らは気にならず、
ヨシっとお互い握り拳を作り喜びを表し、


大戦から5年の今日。
漸く、勇者見付かったと言う報告に。


だた歓喜に表情を歪めた。





黄昏、宵闇、曙陽、そして







「でも、残念ながら楽観視は出来ないのよね。」


一通り、とは言っても大した時間は経過した訳ではないが。
それでも二人がダイが見付かったと言う報告に狂気した後。
レオナはコホンと小さく一つ咳払いして、ゆっくりとポップを見詰める。
そうして。

ダイは確かに見付かった。
けれど、現状手出し出来ない状態にある。

そう紡いだレオナの言葉に、
彼女の為の紅茶と、それからインクを拭う為の蒸しタオルを渡したポップは、
小さく眉を跳ね上げレオナの前に座った。


要約すれば。
ダイは今、テランの外れにある小さな森の。
さらにその中心にある泉にいるらしい。
突然まぶしい光と共に、現われた大きな水晶の様な結晶の。
その中で眠りに付いている彼は、
背格好こそ大きくなっているものの、
間違いなく、彼であるのだが。
一つ、其処に大きな問題があった。


「誰も、触れないのよ。」


まるで拒む様に。
彼を包む結晶は、確かに見えているのに。
誰も触れる事が出来ない。

そう報告があったのだと紡ぐレオナに、ポップは僅かに口角を持ち上げてみせる。
その何処か彼の師匠を連想させる不敵な様子に、
レオナも小さく笑みを浮かべながら、どうする?と問い掛ければ。
彼は椅子に凭れ掛かりながら両腕を後ろに組みヘラリと笑って見せた。


「どうもなにも。やるっきゃねぇでしょ?
何とかしますとも。」

「あらやだ。随分と強気な発言だわね。
ダイくんが・・・もし目覚めたくないとか。
そんな理由で拒んでるんだったら、どうするつもりよ?」


表情はあくまで明るく。
口調も事も無げに。
けれど僅かに、ほんの僅かに瞳を翳らせそう問うレオナに。
ポップはそれこそ鼻で笑い、ヒラヒラと片手を振って見せた。


「知るか、ンな事。
俺はあのアホに一発・・・と言わずニ発でも三発でも、
メドローアぶちかましてやんなきゃ気がすまねぇんだよ。」


それから、笑って出迎えて。
お帰りと言って。
俺も。
姫さんも。
皆、ずっと待ってたんだと教えて。

それでも、もし。
万が一、拒む様な馬鹿だったら。
五年越しの友情もこっちから願い下げってもんだ。


らしいと言えばらしく。
そうして彼のあくまでもダイを信じる様なその言葉に。
レオナは一拍だけ目を瞬かせ。
そうして弾けた様に笑い出す。


「そう、そうよね。
私のダイくんなら、そんな事絶対言わないわ。
お帰りって言ってるのに、ただいまも言えないダイくんなんて偽者だものね。」

「ちゃっかり自分のとか言ってるし。
つーかそれ惚気か?惚気ですかい?
さっきまで軽く心配して軽く落ち込んでたんじゃねぇのか、この姫さんはよ。
でも、それがダイだろ?
だから姫さんは心配する必要なんぞねぇんだって。」

「良いじゃない、少しくらい惚気たって。
普段はキミの惚気に付き合ってるんだし、たまにはお返しよ。
って言うか今更だけどマトリフさんは?」

「これからは何時も姫さんの惚気聞く羽目になるんだろうなぁ。
なんつーか、すげぇイヤなんですけど。
ちなみに師匠は幸か不幸か瞑想中。
俺が呼べば出て来てくれると思うけど、どする?」

「うっわ。言ってる側から惚気られたわぁ。
何その俺の言う事なら師匠は聞いてくれるんだ的な台詞。
でもまぁ、お願い。
何時までその場所にダイくんがいるかわからないし。
ダイくんに会うにはキミとマトリフさんの力は不可欠だもの。」


触れる事も出来ないのなら、空間が歪んでる可能性が高い。
そうなれば、必然的に必要になるのは魔法の知識に長けた者達なのだから。


「了解。んじゃちょっくら師匠呼んで来るわ。」

「宜しくね。
あ、それから・・・」


ありがとう。


マトリフを呼びに行こうと席を立ったポップの背中に。
小さくそうレオナが声を掛ければ。
動きを止め。
それから少しだけ照れ臭そうに鼻先を掻いて。
どう致しましてとポップは笑った。














「で、おめぇは何をしてやがる。」


あれから程なく瞑想を中断し戻ったマトリフと。
そうしてレオナとポップとでの相談の結果。
その結晶の場に行くのは明朝と決まり、
本来ならば明朝の為には身体を休めてなければならない時間に。
寝るでもなく、休むでもなく、
ただ洞窟の外で海を眺めるポップの様子にマトリフが小さな歎息と共にそう問えば。
ポップは頬杖を付いたまま視線を海に向けたまま、ん〜・・・と曖昧な返事を返す。
そんなポップの様子に眉を顰め、それでも辛抱強く続く言葉を待てば、
やがてそれは小さな音で紡がれる。


「いや・・・なんかさぁ・・・」


少しだけ、怖いなと思って。
そう呟いてポップは苦く笑って見せた。


昼間レオナには、大丈夫だ。なんて笑って言ったけど。
でも、本当は少しだけ不安だった。
もしダイが、地上に戻る事を拒否したらどうしよう、とか。
そもそも、その結晶を壊す事が出来なかったらどうしよう、とか。
例えば、自分達の事を憶えていなかったらどうしよう、とか。


漸く逢えるんだと、期待すればするほどに、怖くなる。
見える場所に。
手の届く所に。
大切な親友が居るのにまた助けられなかったら?
もし失敗したら?

そう考えれば考えるだけ不安が増す。
眠ろうとすればするほど、それは顕著に現われるのだ。


「明日は絶対に失敗出来ないんだし、もう寝なけりゃいけないってわかってる。
わかってるんだけどさ。んで、ちっとは成長したつもりで居たんだけどさ。
俺って結局のとこ、臆病で小心者だからさ。
師匠とレオナが居て失敗する訳ないってわかってても、
俺が足を引っ張ったらって、思っちまうんだよなぁ。
それじゃダメだろって頭冷やしてたんだけど。」


そう自嘲気味に眉を下げて笑うポップに、
マトリフはただ黙って己の肩に掛けていたガウンをバサリと少々乱暴にポップの頭に落とし。
その乱暴な行動とは裏腹に柔らかくその頭を撫でた。


「そんなに不安なら、
俺だって不安だってお姫さまにも言ってやりゃ良かったじゃねぇか。」

「いやほら。
そんな事言ったら姫さんの方がすげぇ頑張らなきゃって気になるじゃんか。
こんなんでも俺の方が年上だし、男だしさ。
そこはやっぱし言えないだろ?」


ダイが無事に戻るまでは。
絶対に彼女を守るのだと、そう誓ったのは何時だったか。
そんな彼女に言える筈もないと、
彼女の前では軽口以外で弱音は吐かないと。
そう決めているのを知っていると言うのに紡がれた、
マトリフのその揶揄する様な言葉に苦く笑って。
それから柔らかく頭を撫でる手に目元を緩めてポップがそう言えば。
マトリフは呆れた様に肩を竦めて見せる。


「相変わらず傍から見たら誤解される様な仲の良さだな、おめぇらは。」

「何だそれ。」


その予想外の言葉にキョトンと目を瞬かせ。
もしかして嫉妬?と笑いながら聞くポップに、
マトリフはそんな訳あるかと鼻で笑って見せる。


「ちぇ、残念。」

「何だ、嫉妬でもして欲しかったのか?」

「いんや?
でもちっとばっかり焦る師匠も見たかったかなぁと。」

「焦るか・・・
ないと言えばない。だが、あると言えばある、な。」


謎掛けの様な曖昧なマトリフの言葉に、ポップが首を傾げれば。
彼を撫でる手を一度離し、胡坐を掻いて隣に座ったマトリフは歎息する。


「おめぇらの仲なんぞに焦るつもりはねぇし。
あの姫さんをお前が支えるのを咎めるつもりも、
止めるつもりもねぇが。
支える側のお前が、いつか潰れるんじゃねぇかと焦った事はあるな。」


先への不安とか、重圧とか。
そんなもんを二人分支えるには。
お前はまだ幼いだろう?

決して子供扱いする訳ではない。
けれど、二人分の重みをその手に、肩に乗せるにはまだ幼いのだと。
そう静かに紡ぐマトリフの肩にそうっと頭を押し付けて。
そうしてポップもまた静かに吐息を零す。


「でも俺には師匠が居るから。
師匠が俺を甘やかしてくれたからさ。
大丈夫だったぜ?」


時にはガキめと揶揄しながら。
時には大丈夫だと甘く口付けながら。
何時倒れても心配ない様に後ろに居てくれたから。
だから、五年も踏ん張れたのだ。


「それにさ。
明日からは、お役目御免だし。」

「そうだな。
そろそろ役目を返してやれ。
そうすりゃ、お前も気兼ねなくなるだろ?」


師匠と弟子以上の関係になってから。
気を使えば使うほど、彼女が逆に悲しむと知っていたから。
別段彼女に気を使った事もないけれど。
それでも。
何処かで歯止めが掛かっていたのは事実。

だが、ソレも明日からは違うのだと。
暗にそう告げるマトリフに。
少し照れ臭そうに、
そうして心の其処から嬉しそうに。

ありがとう。

そう告げて。
ポップは今度こそ確固たる意思を秘めた目で、
宵闇の海を眺めた。

















太陽が漸く昇り始めた曙陽の時。
結晶のある泉を前に気合を入れる様にパンと両頬を叩き、
ポップは真直ぐにその泉を見据える。

昨日からの報告によれば。
ダイの眠る結晶は一刻毎に姿を現し、そうして四半刻ほどで消える。
そんなサイクルを繰り返しているらしい。

漸く逢えるのだと。
そんな期待に胸を膨らませながら、ポップは過分な力を分散させるべく深呼吸を繰り返す。


「ポップくん。」


背後から掛かる己を呼ぶその声に。
ポップがふっと大きく息を吐いて振り返れば、口元に笑みを湛えるレオナの姿が見えた。
特に挨拶をする訳でもなく、ただゆっくりと己の隣に向かい歩み寄る彼女の様子を、
ポップは同じ様に口元に笑み浮かべただ眺める。

会話などなくても、
お互い同じ気持ちだとわかっているから。
別段言葉は必要なかった。

どれくらいの時間がたったのか。
暫くの沈黙の後、さわさわと穏やかに流れる風を受けながら、
レオナが静かに口を開く。


「漸くって感じよね。」

「そうだなぁ。」

「実際のところは、政務とかそんな事に追われてたから。
もう五年も経ったのね、早かったねって感じなんだけど。
それでも、ダイ君に関してだけは長かったって思えるのよ。」


不思議よね。
そう自分の感覚が可笑しいのかしらと肩を竦めて見せるレオナに、
ポップは苦く笑って首を横に振って見せる。


「それがさ。俺も同じ様に思ってたんだよなぁ、コレが。」


もう、こんなに経ったのかと。
正しく気が付けばコレだけの時間があっと言う間に経過していたと。
そう思えるのだけれど。
ダイの事だけは。
長かったと。
こんなにも長く時間が掛かったのかと。
そう思えて仕方がない。


そう似たような事を考えていたんだとポップもまた肩を竦めれば。
今度はレオナが先程までのポップと同じ様な苦笑を浮べる。


「・・・・長かったな。」

「えぇ。とっても長かったわ。
ねぇ、ポップくん。私今、とってもキミに言いたい言葉があるのよ。」

「ソイツは奇遇だな姫さん。
俺も今、姫さんにすげぇ言いたい言葉があるんだ。」


また同じね。
そうお互いに苦笑して。
二人は向き合う。


「キミが居たから私は安心して弱音が吐けた。」

「姫さんが居たから俺は安心して泣く事が出来た。」


キミが私の前では弱音を吐かないと知っていたから。
姫さんが俺の前では泣かないと知っていたから。

ダイを待つ長い時間を。
二度と逢えないかもしれない不安を、耐えられたのは。
思いの形は違っても、同じ様に彼が大切だと言える「貴方」が居たから。

ありがとう。

どちらからとも無くそう呟いて。
二人はそっと手を絡める。
ダイが現われる刻限はもう間も無く。

彼女が二度と逢いたいと一人で泣く事が無いように。
彼が二度ともう逢えないかもと一人で弱音を吐く事が無いように。

「貴方」と「自分」が。
そして、皆が幸せだと笑えるように。

行こう。

そう笑い合って、二人は真直ぐに歩き出した。








そして。
テランの外れにある小さな森の。
さらに中心にある泉に。

奇跡と言う名の閃光が輝いた―――――――――













「ダイっっ!!!」

「・・・・ポップ・・・・」

「ダイくんっ!!!」

「・・・・レオナ・・・・」


涙でぐしゃぐしゃの顔を、喜びでさらに歪めて。
それでも「お帰り」と笑って飛び付いた二人に。
あの時よりもずっと逞しくずっと青年の身体付きになったダイは、
小さな嗚咽を漏らす。


「逢いたかったのよっ!!」


貴方を思い出す黄昏時には涙が溢れてしまうくらいに。


「不安にさせやがってっ!!!」


宵闇にもう逢えないかもしれないと弱音を吐いてしまうくらいに。


「レオナ・・・ポップ・・・・」


不安があった。
恐怖があった。
何よりも大事な仲間たちが。
自分を忘れていたらと。
人ならざる者と拒絶されたらと。
それが、怖かった。


「・・・・ありがとう・・・・」


待っていてくれて。


「ありがとう。」


心配してくれて。


「ありがとう。それから・・・・」


涙したのは黄昏。
不安になったのは宵闇。
終わらぬ長い夜は時を紡ぎ。

それでも。
巡る時は漸く希望の曙陽を迎え。
長い夜は終りを告げたから。

後に続くのは。
穏やかな笑みの続く奇跡と言う名の真昼。


縋る様に抱き付く二人をしっかりと抱き締め返して。
それから、二人の後ろで珍しくも穏やかに笑うマトリフを見て。
五年前と変わらぬままの笑顔を浮べ、
ダイは長い時望んでいたその言葉を漸く紡いだ。


――――― ただいま ―――――


END


お題は「ダイ+ポップ友情モノでマトポプ(若師匠でも可)でダイレオ」
自分お題は「ありがとう」
だったのですが。
漸く書き終えて読み返して思った事があります。


ガチで長いよね・・・・・orz
しかもこれってダイはオマケだよね・・・・orz×2
あれ?お題から微妙に離れてなくないデスカ・・・・・?(滝汗)
つか、ダイレオ要素は何処に・・・・????

あぁぁでもでも!!
マトポプだけはちゃんとマトポプだったよねっ?ねっ?(←言い訳がましいわΣ)

一番最後まで時間掛かった上にこんなんで申し訳ありませんでしたっ!!!
でも皆様と同じお題は新鮮でとても楽しかったです〜っvv
素敵な企画をありがとうございましたっ!(礼)

姫宮



ポップが安心して弱音を吐ける場所は、師匠の前だけなんですね!
もう、それだけで、なんて素敵なマトポプ……!
師匠が、何か、もう、全てわかっていて、あえて何も言わずに
ぎりぎりの場所で踏ん張っているポップを支え続けているところに
きゅんvとしました。
そして、ポップが呼べば、瞑想中であろうがすぐに応える師匠!
私、この二人の絶対的な信頼関係が大好きですv
どーぞ、これからはノンストップでいちゃつきまくって下さい!

それにしても、レオナとポップの強い強い絆は、
事情を知らずに帰ってきた勇者さまには、ちょっとショックですよね。(笑)
頑張れ、勇者!敵は手強いぞー。

姫宮さま、素敵小説を堪能させていただきましたッ!
すばらしい企画、ありがとうございました。

涼崎あやめ



やはりポップが安心して弱音を吐けるところが師匠の所っていうのが本当に個人的ドンピシャでツボで
それだけでご飯三杯いけそうです(笑)
レオナがいたから、ポップがいたから。お互いがお互いを支えて支えられて。
この二人の関係がすごく素敵な友情を超えた友情みたいに思えてPCの前でのたうってました。
タイトルも明けない夜はないって言う風に思えて、もう本当に姫宮様の語彙力にただただ感動するばかりでした。
こんなにも素敵な小説を拝見させていただき有難うございました!!
そしてこの素敵企画を主催してくださって本当に有難うございました。

桐嶋由宇



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