もうダメかもしれない。
そう勝気な彼女には珍しくも、時折零す弱気を。
まだ望みはあるだろう?
そう慰めるのは。
何時だって、
誰よりも臆病だった彼の役目だったのだから。
そして、まどろみ
五年ぶりの勇者の帰還。
それに伴い行なわれた盛大なお祭り騒ぎも鎮火し。
漸く変わらぬ日常が戻った日の、穏やかな午後。
ポップとマトリフ、そしてダイはパプニカの中庭で穏やかな時間を過ごしていた。
今更だけれど、お疲れ様のお茶会でもしましょう?
あの時から、お祭り騒ぎでのんびり話す時間も少なかったし。
そう発案したのは他でもないこの国の女王なのだけれど。
この場にレオナの姿は、ない。
誰よりも今日のお茶会を楽しみにしていた彼女は。
ふって湧いた火急の呼び出しに半刻ほど前に席を外していたのだ。
「レオナ、遅いねぇ・・・・」
彼女が席を外してから何杯目かの紅茶を飲み干し。
ポツリと紡がれたダイの言葉にマトリフは肩を竦め。
そうしてポップはニヤリと意地の悪い笑顔を見せる。
「なんだぁ?
ダイくんは愛しのレオナ姫さまが居ないと寂しくって仕方ないってヤツですか。」
「ちょっ!ポップ!!
その言い方やめてよっ!
って言うかその笑い方もやめてってば!」
「まぁまぁ良いじゃねぇか。
漸く姫さんとラブラブ出来るんだもんなぁ?
五年ぶりの再会も慌しかったし、そりゃあダイくんとして姫さんと離れたくないよなぁ?
ま、心配しなくてもそろそろ戻ってくると思うぜ?」
「だから!
その笑い方やめてってば!!
って・・・・なんでそろそろだってわかるのさ?」
「そろそろ姫さんの我慢の限界だから。」
変わらず意地の悪い笑みで揶揄するポップの、その確信めいた言葉に、
意味がわからないんだけどとダイが不思議そうに首を傾ければ。
答えるより早いとポップが顎を軽く動かして見せた。
そうして、ポップの言葉通りに此方へと小走りに戻ってくるレオナを見付け、
ダイが笑みを浮かべた時。
それは起こった。
「ポップくぅぅぅぅぅぅんっっっっっ!!!!!!」
抱き付くと言うよりは飛び付く。
そう言った方が正しいくらいの勢いでレオナが一目散にポップに飛び付いたのだ。
しかもダイの真横をすり抜けて。
「・・・・・・レオナ・・・・・・?」
「何だってんだよ、姫さん。
また何処ぞの大臣にでも文句言われたのかい?」
「今日は違うのよぉぉぉ!!」
「ならアレか。
例の問題で揉めたのか。」
「そうなのぉぉぉっっ!!
何だってこう上手くいかないのよっっ!」
「なるほどね。
あ〜・・・ほれ、落ち着けって。
つか鼻水付けんなっての。
何とかしてやっからさ。」
「ほんと?本当になんとかしてくれる?
って失礼ね!鼻水は付けてないわよっっ!!」
固まるダイを他所に繰り広げられる会話は、
自分には全くわからないもの。
と言うよりも。
何で普通にレオナの背中をあやす様に撫でるポップの姿を自分は見ているんだろうか・・・?
え?これって何なの?
浮気?
って言うか寧ろ本気?
その場合だと寧ろ俺が浮気?
物凄く当たり前にポップに抱き付いたよね?
って言うかポップも普通に抱き止めてるよね?
なんて言うかこんなに衝撃受けるのは、
若返ったマトリフさんを見た以来なんだけど。
でもポップとマトリフさんの関係を聞いた時も地味に驚いたよなぁ。
あ、それも最近の話だったっけ。
「・・・・全部口に出てるぞ?」
「マトリフさん・・・・・・・」
オロオロと情けないほどに動揺したダイのその呟きに、
マトリフは呆れ混じりに苦笑して見せれば。
多少なりとも落ち着きを取り戻したダイは眉を下げて縋る様な視線をマトリフに向ける。
尤も、入れた事すら忘れて紅茶に再び砂糖を落としてる時点でまだまだ動揺しているのだけれど。
そんなダイの視線にマトリフは深く溜息を吐く。
あの二人の持つ感情は。
恋愛感情などではないのだ。
お互いの共通した大切な者。
その大切な者を共に待つ者達。
共に支えあい。
共に慰めあい。
共に励ましあってこの年月を過ごしてきた二人は間には何時しか、
無二の友人であり。
同志であり。
片割れの様な関係が育っていった。
確かに一見すれば誤解される様な二人だが。
決して恋愛などで括られる関係ではないのだ。
ないのだが。
「今それを説明したってわからねぇんだろうなぁ・・・・」
まるで念仏の様に落ち着け落ち着けと繰り返しながら、
通算5個目の角砂糖を紅茶に投入しているダイを眺め。
マトリフは何度目になるかわからない溜息を繰り返す。
実際の所として。
もうダメかもしれない。
そう勝気な彼女には珍しくも、時折零す弱気を。
まだ望みはあるだろう?
そう慰めるのは。
何時だって、
誰よりも臆病だった彼の役目だったのだから。
本当の衝撃は、
実はあの二人の関係は恋愛感情よりもずっと厄介だと。
そう知った時に訪れるのだけれど。
その時はまた面倒な事になるんだろうなと、
諦め混じりにそう呟いて。
それもまた仕方ないかと思いつつ、
ダイに向けてマトリフは弟子そっくりの意地の悪い笑みを浮かべ言葉を紡いだ。
「ま、精々悩め。」
それは、黄昏でなく宵闇でもなく。
曙陽を迎え真昼を過ぎた。
穏やかなまどろみの時間の事―――――――
END
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