俺達の姿を見た瞬間、
ヒュンケルは眉間の皺を余計に深くして。
先生は笑って抱きしめてくれた。



大魔道士の帰郷5



「貴方って子はっ!!」


それが第一声。
ぎゅっと痛いくらいに抱きしめられ、小さくポップが呻いても、
アバンはその胸にポップを閉じ込めたまま離さず、
僅かに腕の力を緩めただけで離そうとはしない。

そうして、弟子として共に過ごした時よりも、
成長したとは言え自分より頭一つ分小さな愛弟子の肩に顔を埋め。
アバンは小さく呟いた。


「・・・貴方が・・・・生きていて本当に良かったっ・・・・・」

「先生・・・・・・・・」


擦れる様な小さなその声に、
ポップは今更ながらに胸の痛みで僅かに声を詰まらせる。
どれだけ、心配してくれただろうかと。
そんな罪悪感で。

勿論、仲間達も心配してくれたのだろうけれど。

先生がいたからとポップは思う。
アバンに会えた事。
それが全ての始まりだったのだと。

そうして、親と同じくらい長く共に過ごしたこの優しい師に。
どれだけの心配を掛けたのかと。

今現在までの行いに後悔はないけれど、こうして胸が痛むのは。
きっと周りを見るだけの余裕がなかった自分への戒めなのだと。


「・・・・・・・・ごめんさない・・・先生・・・・」


ポツンと漏らした小さな謝罪にアバンも漸く顔を上げ、
いいえと眉を下げたまま笑って見せる。


「貴方が私に謝る必要は何処にもないんですよ?
私はあの時、貴方を守れなかった。
マトリフが亡くなった時、無理に貴方を城に連れて行けば良かったのに、
それすらも出来なかった。
だから、私を恨みこそすれ謝る必要はないんです。
謝らなければならないのは、私のほうなんですから。」


ごめんなさい。そう紡がれた言葉にポップは顔をあげ首を横に振る。
そうしてアバンのその表情を見れば、ポップもまた眦を下げいいえと笑った。


「いいえ。
先生だって俺に謝る必要はないんです。
だって先生は、ちゃんと俺を守ろうとしてくれてたでしょう?
カールに来るように、何度だって説得に来てくれたでしょう?
俺が・・・・俺が最初に居なくなった時。
何か理由があるんだから、捜索をする事はないって。
そう先生が言ってくれた事もちゃんと知ってるんです。」


それは彼が住処としていた洞窟から姿を消した時。
居場所を失った大魔道士を、今こそ手に入れるチャンスだと。
そう各国が判断した一斉に捜索を始めようとした時の事。


元より、どうしてもポップを手中にと。
そう躍起になっていたのはどの国も国王ではなくその側近が殆どだ。
勿論、来てくれればと言う思いがない訳ではないのだが、
大戦時以降何かと交友のあった国王達は、
それを無理強いするつもりもなかった。
彼が自分から望んで仕官するのであれば、それで良い。
そう考えていたのだ。
だが、それはあくまでも国王達の考え。
そうして、実際的に外交を行なうのは王ではないのだ。

例えば、権力が欲しい臣下にしてみれば。
彼を自分が引き抜く事に成功すれば、出世のチャンスとなると判断する。
例えば、心の底から自国を愛する臣下にしてみれば。
彼が自国に来てくれれば、自国の繁栄に繋がると判断する。

どれだけ王が、女王がその考えを臣下に伝えたとしても、
心の底から納得しなければ意味がない。
表面上はいくら友好的でも水面下では駆け引きを繰り返せば、
いずれ亀裂は溝となる。
事実、ポップが姿を消した時、
すでに亀裂は大きな溝となっていたのだ。
アバンがそれを宣言したのはそんな時の事だった。


彼が姿を消したのは、
勇者の行方を掴んだからに違いない。
そして何より、
大戦と言う苦しい逆境を経て得た折角の各国の絆を、
己の存在で揺るがすと感じたからに違いない。
今これ以上彼を捜索し、手中に収めようとするのならば。
カールは全力を持って阻止させて頂く、と。


「先生がそう言ってくれたから、俺は今こうやって立ってられるんです。
もし捜索とかされてたら、あの時の俺は耐えれなかった。
情けないけど、なんで俺ばっかりって、
そう思って生きる事を諦めてたと思うんです。
だから、やっぱり先生には感謝の言葉しか浮かんで来ないんですよ。」


本当にありがとうございます。
そう紡いで穏やかに笑うその姿に、アバンは再びポップを抱きしめ緩やかに歎息する。
本当に大人になった、とそう思う。

聡い彼はわかっていたのだろう。
大戦の爪後が残る世界の前で休んでいる暇がない事を。
大魔王が消えたからと言って都合よく全てが戻るわけではない。
無くなった物も多ければ、亡くなった者も多い世界では、
1人でも多くの大人が必要だった。
復興の為の知識がある者が必要だった。
そうして、復興の為にと急速に大人になるしかなかった彼は、
急速に大人になった分だけ、何処か危うく見えた。

つらい事をつらいと。
苦しい事を苦しいと。
そう告げる事をしなくなった。

あの時、気づけば良かったのだとそう後悔したのは彼が姿を消してから。
苦しいと告げる事も出来ない彼は
大人になったつもりでいるしかなかった、大人びた小さな子供だったのだ。


「貴方は本当に大人になったんですね。」


つらい時はつらいと言える様になったんですね。
そう内心で続ければ、ポップはほんの少しだけ照れ臭そうに頷いてみせる。


「漸く、ですけどね。
先生や、姫さんやマァムやヒュンケル・・・皆が後ろから支えてくれたから。
んで・・・・まぁ悔しいんですけどアイツがいてくれたから、
何とか大人になれました。」


視線を少しだけ動かし、キルへと向けるポップのその眼差しに、
アバンは抱きしめる手を緩め苦笑する。

弟子の連れてきた相手の正体には最初から気付いていたものの、
彼が旅の共として選んだ以上、今は敵ではないと思ってはいた。
思ってはいたのだが。
まさかそう言う意味の連れだとは。

一見はそれなりに精悍な顔立ちの姿に、
趣味が良いんだか悪いんだかと溜息を零し、
アバンはポップの肩に手を置いて今度はわざとらしい溜息を零して見せる。


「・・・・貴方が幸せならそれで良いんですよ。
良いんですけどねぇ・・・・・・
おじいちゃんにはなりたかったですねぇ。」

「・・・・・先生、親父生きてますし、
そもそも先生は既婚者なんですから、まず自分の子供作る所から始めてください。
つーかまだ若いのにおじいちゃんになりたいんですか、先生は。」

「だって!
私だって親代わりだったんですから孫見る権利くらいあるじゃないですか!
出来れば女の子で、可愛くおじいちゃ〜ん。とか呼ばれたいじゃないですか!
老後は弟子たちの子供に囲まれて暮らすと言う壮大な夢があったのにっ!!
もうあれです、なんだったら魔法を駆使してでもいいんで、孫の顔くらい見せて下さいっ!
ついでに婿いびりもさせて下さいっ!!!」


しんみりとした空気を払うように紡がれた言葉に、
何時からそんな夢持ってたんだとか、
まず自分の子供作れば良いじゃんとか、
あぁやっぱり先生アイツの事苦手っつーか嫌いなんだとか、
寧ろ最後の言葉が一番言いたかったんじゃないかなぁとか。
そんなことを思いつつ、それでも懐かしい師の様子に眼を細めて。
ポップは苦く笑って言葉を返した。


「先生、もう何処から突っ込めば良いかわかりません。」















「・・・・・やっぱり心底嫌いなんだケド・・・・」


昔を懐かしむ様に始まったアバンとポップの会話に、
やっぱりあの時ドサクサ紛れに殺しとけば良かったと言葉を続けながら嫌そうに眉を顰めれば。
途端に刺さる様な視線を感じキルは小さく肩を竦める。
そうして、ゆっくりと視線を移せば射る様に睨みつけるヒュンケルに向き合う。


「別に今更実行する気もないんだし、
そうやって睨むのはやめて欲しいんダケド?」

「死神の言葉を信用する気は無い。」


アイツらはどうだか知らないが。
そう紡がれた言葉に、何処かで前も聞いた言葉だと思えば、
キルは酷く呆れた様に溜息を零す。


「・・・・・・・・・・・なんだってこう人間って言うのは・・・・
パプニカのお姫様にも言ったケドネ。
ボクはキミタチ人間の味方ではないケド、
敵でもないんだヨ、今はネ。
ついでに付け加えるなら死神は廃業中だし。
まぁ・・・・信用しないならそれでも別に構わないケドネ。」

「今は。とはどういう意味だ?
いずれ再び敵にまわるつもりとでも言う気か。」
それに死神を廃業中とはどういう事だ?」


挑発する様に口角を持ち上げ笑うキルに、ヒュンケルが益々眼光を強めれば。
キルはくだらないと言わんばかりに再び肩を竦めて見せた。


「彼が世界を滅ぼしたいって言えば確実に敵になるだろうし、
そんな事に興味が無いって言えば別に何もしない。
そもそもボクは人間なんかに興味ないんだしスキじゃないし。
彼が望むなら敵になる、望まないなら敵にならない。
ただソレだけの事ダヨ。」


実に簡単ダロ?
そう皮肉な笑みを浮べたまま問えば、
ヒュンケルは若干警戒を緩めながらも黙ってきるを睨み続ける。
言外にもう一つの質問にも答えろと言う意味なのだろう。
そう知りつつもキルはそれには答えるず
ふとヒュンケルから視線を逸らす。

いつか遠い未来。
彼が死にたいと。
そう願った時、死神に戻る。
それは以前交わした彼との約束。
だが、それを教える必要はない。
それを教えてしまえば、目の前の男はともかくとして、
アバンやレオナには理由を推測される事になる。
そうして推測すれば、いずれ真実に突き当たる事になるだろう。
いずれ遠からぬ未来にそれを、ポップが竜の騎士となり、
不死に近い存在になった事が知れるとしても、それは今ではない。
今知られる必要は全くない事なのだ。


「もう一つの質問には答える気はないヨ。」

「・・・・・・・何故だ。」

「ソレを知られる事を彼は望んでないカラ。」


だから答えない。
そう酷く簡潔に告げれば、ヒュンケルは暫く沈黙し。
変わらず睨んだままそれでも小さくそうかと呟いた。

誰にどう言われ様とも、信用する気にもなれない。
だが、目の前の男のポップを見る眼は余りに己の知りうる死神のものとは違う。
そうして、その言葉には偽りが無い。
ならば、少なくともその言葉は本当だと思っても良いのだろう。

そう判断した上のヒュンケルの呟きに、キルは酷く愉快そうに笑みを形作る。


「一々敵と味方に分けないと落ち着かない。
味方じゃないと安心出来ない。
人間って言うのは本当に面倒ダネ。
特にキミみたいなタイプは人との付き合いが面倒そうだ。」

「貴様と馴れ合うつもりは無い。」

「奇遇だけどソレはボクも同じダヨ。
ボクは人間と馴れ合うつもりは無いしネ。
そもそも人との付き合いが、ってボクは言ったはずダケド?」


揶揄する様に紡がれたキルの言葉にヒュンケルの眼差し再び強まり。
どう言う意味だと問うより早く。
キルは嘲りの色を深め笑みを浮べたまま口を開いた。


「だってキミは子供デショ?
自分は許されない、普通とは違うと思ってるクセにそれでも他人との絆が欲しい。
少しでも繋がっていたいケド、自分からは望めないって勝手に線を引いてる。
誰かに呼んで欲しいと思ってるだけで何もしないただの傲慢な子供。
そんな子供が人と上手く付き合える訳ないデショ。」

「貴様っ!!!!!」


その瞬間ざわりとヒュンケルの怒気が広がる。
殺気にも近いその気配に、アバンがはっとして其方へ動こうとすれば、
ポップはその手を伸ばしアバンの服の裾を掴んだ。
そうして訝しげに己を見るアバンに、人差し指を口元に当てポップは小さく笑った。


「シーですよ、先生。
今は少しだけアイツに任せてみて下さい。」

「ポップ・・・・・?」

「挑発するのはアイツの悪い癖だけど。
でも逆にヒュンケルには丁度良いんじゃないかな?って思うんです。
大丈夫。アイツは絶対にヒュンケルを攻撃しませんから。
だから少しだけ静観してて貰えませんか?」


そう願うポップの言葉にアバンは僅かに戸惑いを見せたまま
ヒュンケルへと眼差しを向ける。
確かにポップの言うとおりヒュンケルを攻撃するつもりも殺気もない。
だが、言葉は確実に嘲り挑発するものだ。
一体何をするつもりかと訝しげに見守る中、
殺気を振りまくヒュンケルに嘲笑を浮べたままのキルがさらに言葉を続ける。


「だって本当の事デショ?
キミは罪と責任を間違えてるただの子供サ。
命あるものは全て、己の行動に責任がある。
自分以外の命を奪う事は、己の責任が増えるだけに過ぎない。
責任を背負って生きていくのが生あるものの務めであり、真理。
そしてその責任を負う事を放棄した事が罪。
そんな単純な事も理解せずに罪と言う言葉に逃げるキミは子供以外の何者でもない。」

「違う。
俺はそんな事を思っている訳ではないっ!」

「そもそも。
ボクに言わせれば、多くの命を奪ったのはキミだけじゃないと思うんだけどネ。
キミのセンセイだって、仲間だって多くの魔物を殺した大量虐殺者ダロウ?」

「それは・・・・・っ」

「人間を殺したわけではないから、
キミの言う罪にならないとでも言うつもりカイ?
それとも、人間を守る為には仕方ないとでも言うつもりカイ?
それこそ冗談じゃないネ。」


ひたりと視線を合わせ告げるキルのその姿に、
底知れぬ威圧感を感じヒュンケルはゾクリと肌を粟立たせる。

自分は多くの人を魔王軍の一員となり殺した。
それは決して許される事ではないと、
そう思っていた。
それは罪ではないのだろうか?
ただの責任と、そんな言葉で片付けて良いものではない筈だ。

そう思うのに悔しい事に反論するだけの言葉が出てこない。
視線は逸らさず、けれど押し黙るだけのヒュンケルを前に、
キルはただ呆れたと溜息を零し。
そうして再びゆっくりと口を開く。


「全ての命は等しく平等であり、その命を奪う者は全て命を奪った責任を負うもの。
人だけは特別だと思う事自体が傲慢な思い上がりでしかない。」


人間如きが驕るな。
いっそ清々しいまでに侮蔑を含んだその響きは、
それでも一切の反論と殺気を削ぎ落とす程にストンと胸に刺さり。
ヒュンケルは深く深く溜息を落とした。













認めるのは悔しいが、憑き物が落ちた気がする。
そうカールを後にする時に、紡いだヒュンケルの表情を思い出し、
ポップは歩きながら静かに笑う。

ヒュンケルと言う男は。
良くも悪くも不器用で潔癖だとポップは思う。
罪だと思うことはいけない事ではない。
その罪を受け止める事も大事だと思う。
けれど、彼だけがその罪を背負っている訳ではないと。
多かれ少なかれ人は罪を背負っているのだから。
彼を責める権利など誰も持っていないのだと知って欲しかった。


「・・・・・まぁ、オマエに任せて正解って所だよなぁ。」


随分と皮肉交じりだったし、遊んでたみたいだけど。
そう足を止めクスリと笑みを浮べたポップが告げれば。
キルは珍しく嫌そうに眉を顰めて見せる。


「ホント、面倒を押し付けるのが得意だよね。キミは。」

「何を今更。」


そんな事は百も承知の上だろうと言わんばかりに胸を張るポップの姿に、
益々眉を寄せキルはその肩に後ろから両腕を絡ませ顔を埋める。
そうして慌てた様にうぉと小さく悲鳴を上げるポップに苦笑すれば、
酷くゆっくりと息を吐いた。


「・・・・・・・色気の無い悲鳴ダネェ。」

「俺に色気を求めるな。」

「慣れない事して疲れてるんダカラ、
少しくらい労わりなヨ。」

「ヘイヘイ。」


珍しい事もあるもんだと不思議そうに、
そして肩にかかる髪の毛に少し擽ったそうにポップが溜息を零しつつ、
お疲れさんと呟けば、キルは漸く顔を挙げニヤリと悪戯な笑みを浮べる。


「と、言うわけで。
今日はこれからボクに付き合ってほしいんだケド?」

「・・・・・俺、流石にそろそろパプニカにいかねぇと
姫さんに殺されるんじゃねぇかなぁとか思うんだけど・・・・」

「それこそ今更ダネ。
多分あのオヒメサマはまだ来ないのかってもう充分に怒ってるんじゃない?
ニ日や三日遅れた位変わらないヨ。」

「ニ、三日とか言いやがった?!
どんだけ付き合わせる気だよっ!!」

「面倒な事をしたんだし。
ご褒美くらいくれるヨネ?」

「・・・・・・・・・うっ・・・・・・・」

「くれる、ヨネ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・ハイ・・・・・・・・・」


半ば脅しにも近いその問い掛けに、
ポップが諦めにも似た心境で頷けば。
キルは漸く腕を離し笑みを浮べる。

そうしてじゃあ行こうかとさっさと先に歩き出すキルの後姿を眺めながら、
あぁ、確実にパプニカで怒られるだろうなぁと思いつつ深く溜息を零した。


to be continued




お久しぶりの里帰り。
今回はヒュンケル兄さんちゃんと出ましたっ!!!
つか話がなげぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!

なんだか最近どんどん長文になる傾向にある今日この頃。
どんだけ読んで下さる皆様の忍耐力を試すつもりだと反省しております・・・orz
ホントすいません;


さて。次はいよいよパプニカです、多分。
えぇとキルさんの寄り道を書かなければパプニカです(笑)

ただパプニカはかなり長くなるんじゃないかと想像しておりまして。
もしかしたら一話で収まらないかもしれません。
書いてみないと何とも言えないのですが;

長々とお付き合い頂いた里帰りも、そろそろ終わりを迎えそうです。
裏の連載と平行している分、更新は遅いかもしれませんが、
どうか最後までお付き合いくださいませ(深礼)

ここまで読んで下さりありがとうございました!!

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