「ポップを連れて行きたいんです。」
そう言われマトリフは咄嗟に反応する事が出来ず、
ほんの一瞬沈黙が訪れる。
真剣な眼差しで言われたそれは、少なからず動揺を与え。
やっとの事で絞り出した言葉は自分の意思とは違ったものだった。
「…それは…俺が決める事じゃねぇ…」
その途端アバンの眦が釣り上がる。
「マトリフ…あなた本気で言ってるんですか?」
そのアバンの迫力に少したじろいだものの、今更訂正をするなど矜持が許さず。
マトリフは憮然とした面持ちで、頷いた。
「…お前だってあいつの師だ。その権利が無い訳じゃねぇ。
最終的に決めるのはあいつだ。」
思えば、彼は自分だけの弟子ではない。
彼が自分の傍に居たのは、元々体調を慮っての事だったのだから、
もう一人の師であるアバンと行きたいと言い出した所で、止める権利など何処にも無いのだ。
これが、もし彼が一人で行きたいなどと言い出したのなら、
半人前が何を言うかと。修行も終わって無いのにと。
そう言って止めていたのかもしれない。
だが。
最終的には自分が止める事など出来ないのだ。
何故ならば自分は彼にとって師でしかないのだから。
たとえ自分がどう思っていたとしても、
自分達は『師弟』なのだから。
どれくらい沈黙が続いたのであろうか。
長くも短くも感じた時間を破り最初に口を開いたのは、
何時もの人好きのする笑顔の消えた真剣な表情のアバンだった。
「…マトリフ。貴方はそうやってあの子を突き放すんですか?」
「突き放すつもりなんかねぇ。ただ全てを決める権利はあいつ自身にあるはずだ。」
「それを突き放すと言うんです!!」
バンっと拳を机に叩きつける。
紅茶が零れポタポタ机を濡らすが、アバンはそれには構わず
淡々と言葉を続ける。
「…貴方は後悔をした事はありますか?」
「後悔なんぞいくらでもあるだろう。」
「私もね、今凄く後悔してるんですよ。
何故あの時、デルムリン島で奇跡的に生きていた時。
私は直ぐにあの子達と合流しなかったのかと。」
そうすればあの子が貴方に師事する事も無かったでしょう。と
沈黙したままのマトリフに告げる。
「そうする事があの子達の成長に繋がると思ってました。
そして、私自身鍛えなおす事も必要だと。
その選択が間違っていたとは思いません。
それが正しかったのだと、そう思っています。
あの子達の師として決して間違っていなかったと。」
けれど、それはあくまで師としての自分の話だとアバンは言う。
自分個人の感情ではないと。
「私はね。マトリフ。あの子がとても大切なんです。
特別なんですよ。」
戦う事などさせずに、
掌中の玉のように、
ただ大事にこの手の中で守れたら。
それが出来たらどれだけ良かったか。
「師弟のままでいたら、いずれこんな風に言う奴が居るかもしれない。
それすら考えた事なかったんですか?
その答えをあの子に任せる事こそが。
それこそがあの子を突き放す事だとは思わなかったんですか?」
貴方らしくないと苦笑するアバンに、マトリフはどう反応していいのかと
沈黙したままでいる。
けれど、何時も余裕ある表情は無く、
それが彼なりの動揺である事は長い付き合いでアバンは知っていた。
「…貴方達二人はどうしてこうも自分の事には鈍感なんでしょうね。
傍目で見ている私の方が先にそれを理解出来るんですから。」
長い沈黙の先に溜息を一つ落として、アバンは笑う。
「貴方がポップを特別に思ってる事は知ってます。
そしてね、
あの子にとって貴方が特別なのも知ってるんです。
本当に私としては悔しいんですけどね。」
だから、早く自分の物にしてしまいなさい。
そうでなければ、今度こそ遠慮などせずに私が連れて行きます。
出て行く間際そう言った旧友の言葉を思い返し、マトリフは静かに眼を閉じた。
そして、言われるまでまったくその可能性を考えなかった自分の甘さを痛感する。
師弟のままでは、いずれ別れる時が来る。
出て行く事を止める権利も、
ましてや、
他の誰かを選ぶ事を止める権利も無いのだ。
アバンにポップを連れて行きたいと言われた時愕然としたのは、
無意識の内にその可能性を排除していたからなのかもしれない。
そして、同時に湧きあがった感情は言うまでも無く嫉妬で。
「アバンの言う通りだ。」
誰にも渡したくないのだから。
自分だけのものにしたいのだから。
それが出来ないのならはっきりとした決別を。
もはやこのままで良いなどと綺麗事は言えないから。
「…答えださねぇとな。」
静かに呟いたマトリフの顔にははっきりと決意が浮かんでいた。
END
あっはっは!!ようやくUPでございます(T-T)
師匠が全然動いてくれなくて、
本気で泣けました。
でもやっと告白まで漕ぎ着けそうです!!
長かったぁ;;
次の話でようやく告白できるはず。
はず…です。
…師匠全然あたしが思った通りに動いてくれないんですもん……(号泣)
今回も色っぽい話全然なくてすいません。
読んで頂きありがとうございました!
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