ねぇ。とほんの少しだけ戸惑いがちに声を掛けたのは。

あの人が居なくなって十日目の事。









いつまでも返ってこない返事にもう一度ねぇ?とレオナが問いかければ、
彼は視線を合わせる事もなく、
実に不機嫌そうに何だい?と小さく答えた。

その見るからに苛立った姿にレオナは少しだけむっとするけれど。
その不機嫌の原因を作ったのは己であるからと溜息を付き言葉を続ける。


「・・・・ポップくん、少し休んだら?」
「いや、問題ないし。」

眼の前の書類から眼を放さず、休む事すらしないその姿に、
流石に体を壊しはしないだろうかとそう思っての言葉は実にあっさりと否定され。
レオナは途方に暮れ、視線を窓の外へ向ける。

外は物凄く晴れているのに此処だけは嵐だと思いながら。


彼の師であり恋人であるマトリフが友好国であるカールに向ったのは十日ほど前の事。
復興最中のカールの外れに魔物が現れその調査を依頼されての事だった。
本来ならば面倒だなどと断る彼であったけれど、
三賢者も出払った今頼めるのは彼しかなく。
何とか頼み込んで了承を得た。
その判断は間違ってはいないとレオナは思う。

彼ならば、敵意のない魔物を傷つける事も。
敵意ある魔物に害をなされる事もないだろうから。

ただ唯一の誤算があるとするのならば。
それはたった一つ。

眼の前で不機嫌さを隠そうともしないポップだけ。



初めの何日かはまだ良かったのだ。
書類を片付ける姿にも余裕があったし時折会話を交わす事もあった。
だが、帰還予定であった五日目辺りから段々と彼は口数が少なくなり、
休む事もなくなった。
帰還予定の倍の日数が経った今では、
食事すら殆ど取らず休む事すらしないのだ。

「ねぇ、外は良い天気よ?少し休みましょう?」
「そんな暇はねぇし。」

眠る事すら拒否してるかのようなその姿は、
大切な人の心配を打ち払っているかの様で。
レオナはちくりと胸が痛む。
自分とて、眼の前の友人が大切なのだ。
彼が倒れる事があったらと思えば少々強引にでも休ませねばならない。

「美味しいパイとか食べたくな〜い?」
「今はいらねぇなぁ。」
「喉乾かない?」
「別に乾いてねぇけど?」

努めて明るく誘うレオナに返って来るのは素っ気無い返事だけで。
はぁと何度目か分からない溜息と吐いた。

「ねぇ。」
「・・・・・・・・・」
「ねぇってば。」
「・・・・・・・」
「ねーーーーーーーーーーーーってば!」
「・・・・・・・・・・・姫さん。」

幾度とない無言の後漸く返って来た言葉に、なぁにと問い返せば。
ポップは酷く不機嫌に呟いた。

「話す暇あるならさ。手を動かしてくれよ。」

その瞬間ヒクリと頬が引き攣ったのをレオナは自覚した。

大切な人が心配なのだ。
不機嫌になるのも分かる。
ましてや自分が依頼したのだから多少の事は眼を瞑ろう。
そう思っていた。
そう努めた。
だが・・・・・・
限界はある。


「あっっったまきたーーーーーーーーー!!!」


バンと勢い良く机を叩きつけ、レオナがそう叫べば、
漸く顔を上げたポップが眉根を寄せた。
明らかに苛立ったその表情にレオナもまた苛立ちながら言葉を続ける。


「いい加減にしてよ!
休めって言っても休まない。
食事も休憩もしない。
話しかけても返事もしない!
そりゃマトリフさんが心配なのは分かるわよ?!
だけどポップ君が無事を信じなくてどうするのよ!!!」

荒い息を付きながら、反論があるならして見ろと好戦的に視線を合わすレオナ。
だが、そんな彼女に返って来たのは、
少しの沈黙と、
予想すらしてない答えだった。


「俺、心配なんかしてねぇけど?」
「・・・・・・・・・・は?」

カクンと力が抜け、椅子に座り込んだレオナにポップは苦笑を洩らす。
だって、と洩らす声は我ながら間抜けな声だと思うけれど、
予想もしなかった言葉は体の緊張を解くには充分で。
そんな彼女の姿にポップは誤解してる様だけど、と今日始めて手を休め笑った。

「俺は別に心配してねぇよ。全然。
何か面倒でも起きたんだろうなとは思ってるけどな。」
「・・・・・じゃあ、どうして?」
「俺が不機嫌なのかって?」

コクンと一つ頷いた眼にポップの笑みが飛び込む。
一見して優しい笑みな筈なのに怖いと感じるのは何故だろう・・・・。
背中を走る恐怖に軽く冷や汗を垂らしていれば、
ポップは笑みを絶やす事なく言葉を紡いだ。

「あのな?姫さん。
この書類さ、全部締め切り間近なんだけど?」
「・・・・・・・・・うっ・・」
「師匠が居ない間だけでもいいからって『お願い』された身としては?
何とか仕上げなきゃいけねぇと思うんだけどよ。
毎日毎日、疲れたから休憩だのお茶だのと、
一日何回も仕事を中断してさ?
書類をやってる時も色々話しかけてくれて?
ちっとも進まないんだよな、これが。
まぁそれでもさ。
日頃から公務が大変だろうし、気晴らしになるならって思ってもいたんだけどよ。
話題が端から端まで師匠と俺の事で。
根掘り葉掘りゴシップ記者の様に聞かれたら。
そりゃあ俺だって黙りたくもなると思うんだけど、どうでしょうかね?」

そう言えばそんな事もあったかもしれないと僅かに視線を泳がすレオナに、
ポップはより一層綺麗に微笑んで席を立ち上がる。

「・・・・・ポップくん・・・・?」
「ま、俺は師匠が『心配』で仕方ないみたいだし?
なら眼の前の締め切り間近な書類を放り投げて、
あの人の所へ駆出した方が期待にも添えるかなとか思ったり?」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!
そんな怖い事言わないで!!!!」
「いや、無理。決めたし。」

さらりと言って窓に手をかけるポップをレオナは必死に留め様とする。
待って!と言葉を続けるその姿は正しく顔面蒼白。

「待って待って待って!
それなら『何があってもあの人は自分の所に帰って来るって信じてるの!』
が定番でお約束よぉ!!」
「いや、信じてねぇから。」
「・・・・・・・・・・・・・はい?」

本日二度目の予想すらしなかった言葉に思わず裾を掴んだ手が緩めば、
するりと逃げられ空に浮かぶ彼の姿。

「ちょ、ちょっと!!」

信じてないってどう言う意味よと引き留める事すら忘れ問えば。
彼は当たり前だろうと至極当然に答えた。




「おれは『知ってる』んだよ。」















「・・・・・・やられたわ・・・・・」

色んな意味で。
まんまと逃げられた事も。
あっさりと惚気られた事も。

信じる必要なんかないと、彼は言うのだ。
恋人が必ず自分の元へ帰ってくると知ってると。

何と言う惚気を聞かせるんだと、脱力し、
そして残された膨大な書類に眼をやり心底疲れた様に彼女は呟いた。

好奇心は身を滅ぼすって本当ねと。




END



久々の更新に当たって纏めて書いてた物をUP。

言葉遊びが最近のMYブームです。

『信じてない、知ってるだけ。』

これって結構素敵な言葉だなぁと思います。

にしても。うちのレオナさんは根掘り葉掘り何を聞いたんでしょうねぇ?(笑)





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