誰よりも望んだ彼の願いを。
叶えたいと思うのは罪でしょうか。




女王の憂鬱 act.3



夕日が沈み、賑やかしい喧騒が波の様に退いて行く中でも
レオナは顔を上げられず、
ただ、涙を流していた。

止まる事のない涙。
それは、あの日の後悔なのか。
それとも。
今の彼の安否を慮ってなのか。
最早自分でも分からない。

ただ、今は。
彼に会いたいとそう願うだけで。


その時、ふと眼の前が翳る。
眼下に映るのは人の形をした影で。
まさかそんな都合の良い事がと、淡い期待を持ちながら彼女はそっと面を上げる。


「・・・・・・・ポップ・・・・・くん?」


それは、淡い期待。
もし此処で彼が現れたならば。
どれだけ自分が救われるかと願って。
けれど、所詮期待は期待。
彼女の願いも虚しく、現れた人物は残念ダケドと小さく笑った。


「残念だけど、ボクは彼じゃないヨ。」


揶揄を含めたその笑い顔に、レオナは途端にその人物を睨み付けた。
仮面を外していても、その口調と声には覚えがあった。
否、忘れる筈がない。
己達の敵を。


「一体何しに現れたの。キルバーン。」


先刻までの弱々しい姿が嘘の様に、彼女は毅然と立ち上がり言葉を紡ぐ。
剣を構えるのであれば容赦はしないと言う様に佇むその姿に。
彼は益々笑みを深めて見せる。
内心、流石に彼の仲間だと思いながら。


「イイエ、何も。何かをしようとは思ってませんヨ?女王陛下。」


ワザとらしいまでに恭しく頭を下げるその姿に、
レオナは警戒の色を隠さない。
今現在も敵であるこの死神の真意が分からない以上、
油断など出来るものではない。


「・・・・何もする気がないのなら、今すぐ出てって欲しいものね。
貴方に会うなんて迷惑でしかないわ。」

「ウフフ、嫌われたもんだネェ。折角良い話しを持ってきたのに。」

「生憎と、美味い話しには裏があるって決まってるのよ。」


出て行ってと窓を指差しそう紡ぐレオナに死神は尚も笑い。
警戒を解く事のない彼女に一歩歩み寄るとそれを言葉に乗せた。


「それが君達の探してる彼の事でもカナ?」

「なっ・・・・・・・!!」


はっと肩を揺らし、レオナは眼を見開いた。

敵であるこの男の言う事を信じて良い筈がない。
けれど、
僅かでも手掛かりがあるのなら・・・・・
そう縋り付きそうになった。


「・・・・・・本当に・・・・・知っていると言うの・・・・?」


僅かに震える己の声。
頷く死神はそれを嘲笑うかの様に見えた。


「モチロン、知ってるヨ。彼が今何をしてるのかも、ネ。」


喉から手が出る程、それを知りたい。
けれど、ただで教えてくれる程甘い相手な筈もない。
何かがあるに決まってるのだ。
取引などしてはいけない。
それは充分に分かってる。

それでも。
心に残る後悔を。
懺悔を。
少しでも軽く出来るのなら・・・・・・。

恐らくは代償がある事を覚悟して尚、
それに縋り付きそうになるその時。
脳裏にその言葉が蘇った。

それは、大切な仲間の。
彼の言葉。


『姫さん、アンタはパプニカの女王だろ。
最優先に考えないといけないのは俺の事じゃない。
国の事だ。
私情に流されるな。
災いの種は切り捨てろ。』


自分は、何をしようとしたのだ。
それが真実かも分からないものに縋り付き。
今また後悔をしようと言うのか。

鮮やかに蘇るその言葉に、レオナはぎゅっと手を握り締める。
知らず知らずのうちに汗ばんだ手は、
それだけ自分が弱いのかと思い知らせてくれた。


「・・・・貴方からそれを聞く気はないわ。
貴方の情報が例え真実だとしても。」


どれだけ知りたくても。


「敵である貴方が、何の見返りもなく教えてくれるなんて思えない。」


自分は国を治める王なのだから。


「だから、聞く気はないわ。」











しん、と静まる室内。
お互い一歩も動かぬその緊迫した空間の中。
死神が、笑った。


「本当に、ネ。人間って言うのは頑固なのが多いヨ。」


馬鹿だねと笑うその姿は相変わらず揶揄を含んでいるけれど。
何処か落ち着いた雰囲気に戸惑いを感じながら、
レオナは訝しげな表情を浮かべる。


「・・・・一体・・・・何をしようと言うの・・・・?」


真意が分からず、擦れた声でそう問うレオナに、
彼はやれやれと肩を竦めて見せる。


「最初に言ったはずダヨ?
何も、と。
ボクは何もする気がない。
ただ彼の事を教えに来たダケさ。」

「貴方は敵のはずよ。」

「ボクを敵だと判断したのはボクじゃない。
敵だと言った覚えもない。
味方でない事も確かだけれどネ。」


尚も何故と、そう問わずにいられないレオナの心情を知ってか、
死神は酷く面倒臭さそうに溜息を一つ落とし、全くサと小さく呟く。


「別にネ、ボクだって君達の為に何かする気はないんだ、本当は。
君がボクを嫌いな様に、
ボクだって君達が大嫌いなんだからサ。」

「・・・・大嫌いなのはお互い様よ。
だからこそ、貴方を信用出来ないわ。」


これ以上何も聞く気はない。
出て行けと、そう凛とレオナは言い放つ。
自分は王なのだ。
僅かでも隙を見せるわけにはいかないと、
そう決意の秘めた眼差しの彼女に、死神はへぇと薄く笑った。


「流石は女王様。冷たいネェ。」

「貴方に優しかった覚えはないわ。」

「ウフフフ、ボクにじゃないヨ。
君はまたそうやって見捨てるんだネと言いたいのさ。」


その言葉に。
はっとレオナが眼を見開く。
見捨てる事になるのだろうか。
自分は再び。
途端に不安になる感情に、彼女はギリリと歯噛みする。
違う。
見捨てるのではない。
これから先も自分は彼を探し続ける。
ただ、今この男の甘言には乗らないだけだ。


「・・・・見捨てるはずないわ。
ただ、貴方の言葉を聞く気がないだけよ・・・・」

「それが、見捨てると言うんダヨ。」

「違うわ、私はこれからも探し続けるもの。」


だから、見捨てる事なんかしない。
そう続けた言葉に、ふっと死神の気配が変る。
笑みを潜め、静かに口を開くその姿は。
今まで見た事もない姿。
威圧感すら伴うそれにレオナが僅かに身構えれば、
冷たい言葉が突き刺さった。


「それはただの贖罪でしかないネ。
そうやって言えば自分の後悔が少しでも軽くなるとそう思うのカイ?」

「なんですって・・・・・?!」

「そうだろう?
今此処でボクの話を聞き入れないって事は、君は重要なヒントを聞き逃がす事だ。
喉を潰して話す事も出来ない彼が。
人との接触を極端に避ける彼が。
どれだけ長く生きれると思うのサ?」

「そ、それは・・・・・」

「愚かダネ、人間。
君は国の為なんて大義名分を振りかざして彼をまた見捨てるんだ。」


何て愚かなと紡ぐ言葉に、嘲りも揶揄もない。
感じるのは確かな冷たさと見下した視線。
ふつふつと荒々しい感情が己に芽生えるのをレオナは自覚した。

何が分かるというのだ。
敵である目の前の男に。
どれだけそれに手を伸ばそうとしたか。
分かりもしない癖に。

何を置いても助けたいと、願わないわけがないのに。


「・・・・貴方に何が分かると言うの?
助けたいわ、今すぐに。
探したいわ、今すぐに。
でも私は女王よ。
魔族の甘言に惑わされて国を揺るがす事なんか出来ない!!」

「それが、愚かだと言ってるんダヨ。
まだ分からないのかナ?」

「分かりたくもないわ!」

「・・・・聡明な女王様。
ボクは言ったネ?敵ではナイと。
敵と判断したのは君だ。
・・・・・・何故話を聞いてから判断しない?
それが罠と判断するのなら、まずは話を聞くべきだ。
国と人とを秤に乗せるならそれ相応の情報が必要だと言うのに。
何故それをしないのカナ?
どんな姿形であろうとも、先を読むにはまず情報を得るべきだ。
しないのは、自分がそれを初めから捨てる気でいるからサ。」

「違う!!!」

「違わないネ。
本当に助けたいと願うなら、誰が相手でも話くらいは聞くものだ。
初めから拒んだりはしないものダヨ。」

「違うわ!! 私は見捨てたりなんかしない!! 信用出来ない貴方の話を聞く気がないだけ!」

「押し問答ダネ、本当に。
それが見捨てる事に繋がるだけだと言うのに。」

「〜〜〜〜〜〜っ!!!!
見捨てたくないわよ!!
それでも!!
他の誰でもないポップ君が何よりも国をと望んだのよ!
その彼の望みを叶えて何が悪いと言うのよ!!!」


激昂しレオナは声を荒げる。
何よりも国を優先させろと願ったのは彼だから。
その彼の残した意思を優先させて何が悪いと言うのか。
出来るなら助けたい。
そう願わない訳がないのに、と。

誰よりも望んだ彼の願いを。
叶えたいと思うのすら罪だというのか。



幾許かの沈黙。
睨む様に視線を捕えるレオナに。
死神は肩を竦める。
本当に頑固だと小さく呟いて。


「くだらない価値観と正義感に捕われて何も見ようとはしない。
国の為だなんて方便はもうイイヨ。」


だから人間は大嫌いだと吐き捨てるその姿は、
何処までも冷たかった。
そうして、その先に発せられた言葉は、
酷い痛みを伴いレオナの胸に突き刺さる。





「両方を救う方法を考えようともしない君は、最初から彼を切り捨ててるんだ。」




to be continued



な・・・・長かった・・・・;
そしてまたポップが出なかった・・・・・・orz

あぁぁぁ;;
とてつもなく分かりにくい話な上に会話が多くてすいません;;;
し か も、
キル様イヤな奴ですいません・・・・・・゚・(ノД`;)・゚・

い、言い訳するのなら;
キル様が優しいのはポップにだけなんです!
だから、どんな理由であってもポップを追い込んだ人間が嫌いと言う事で;;;

いい加減長くて暗い話を拍手のお礼にするなよと自分で突っ込みしてますが。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。


拍手ありがとうございました!
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