ソレを行う事がどれだけ大罪かわかっていた。
それでも願いは変わらず、
その渇望をとめる事など出来はしない。
あぁ、許されるならどうか。
この願いを聞き届けてください。
Even if it exceeds a time
大きな揺り椅子に座った小さな少女がクスクスと笑う。
歳は13.4だろうか?
一見幼げに見えるその少女の笑みはひどく深くて。
どこか妖艶さすら感じさせるその仕草に、
ポップはただ静かに対峙するだけだった。
「人間って本当に愚かね。
自分の力でどうにもならない事を誰かに願うなんて。」
「ま、愚かだっては自覚あるな。」
全くなと同意せんばかりに肩を竦めて見せるポップのその悪びれない姿は、
もう随分と大人で。
30代も後半に入った彼はそれでも実年齢よりは若くとも、
戦いの経験からか、黙って居ればそれなりの風格を醸し出す。
けれどそれは、あくまで黙って居ればの話だ。
肩を竦め苦笑する姿と彼の願いは、まるで子供のまま大きくなったかの様に純粋で、
少女は目を細め、本当にバカねと笑みを深める。
「人間は馬鹿よね。
とても儚くて寿命が短いくせに必死で生きるの。
簡単に諦める事もするくせに、
自分の命よりも大切なものを見付ければ驚くくらい諦めない。
儚いのにしぶとい。
弱いのに強い。
愚かで馬鹿で、でも素敵。
私こう見えて人間は好きなのよ?
鑑賞するのに値するもの。」
「時の女神様にそうやって評価されるっつーのもまぁ悪くはねぇなぁ。」
そう笑うポップの姿に少女は少し首を傾げる。
そうして彼が呼んだのが己の呼び名だと気付けば、
弾かれた様に笑い出した。
口元に手を当てケラケラと笑うその姿は、
歳相応のもので。
訝しげな表情に変わるポップに片手をヒラヒラと動かして見せる。
「やぁね。人間には私そんな呼び方されているの?」
「少なくとも俺の時代にはな。」
「私は神サマなんかじゃないわ。
あんな呪いで消滅しかけてる様なのと一緒にしないで頂戴。」
「・・・・・呪いで弱くなってるってのは本当なんだな。」
「あら・・・余計な事を言っちゃったかしら。
でもまぁいいわ。
今アナタは世界に存在しないんだもの。」
だから何をいっても平気。
そう紡いだ少女の言葉にポップは思案する。
ダイを探す旅のさなか見付けた文献。
時を戻る禁呪。
20年近く旅を続け、漸く可能性を見出せたのはそれだけだった。
どれだけ探してもダイは見付からず、
手掛かりもない。
ましてや生存する可能性も低い。
否、ラーハルトやクロコダインたちの手を借り、
魔界すら捜索し続けた今、
生存している可能性は限りなく0に違いなかった。
だからこそ、ポップはその文献に手を出した。
次元の狭間に迷い込んだのならば、
生きてるかもしれないと。
そして。
もしもう生きていないのならば、
時を戻ろうとそう決心して。
だがどうだろう。
文献を解読し、その呪文を発動すれば。
そこは全くの異空間。
目の前の少女は自分のテリトリーだと笑ったけれど、
時の女神ではないと言う。
名称は時として、湾曲し伝わるもの。
例えばそう呼ばれているだけで、神ではないとしても不思議ではない。
では力はどうなのであろうか?
過去や未来へ彼女だけが行けたとして。
それが湾曲し伝わっていたのであれば、
それはただの無駄足でしかない。
ましてや少女は言ったのだ。
今アナタは世界に存在しないと。
そう考えれば考えるほど、
自分が浅はかだったとポップは小さく溜息を零す。
焦っていた自覚はあった。
30代も後半を向かえ、体力は確実に落ちている。
魔力ももはや最盛期を過ぎ落ちていくだけ。
小手先の技術は年季が入っている分上がってはいるものの、
ダイと共に戦った頃の様なレベルアップなど望める筈もない。
最後の賭けだったのだ。
今を逃せば落ちた魔力で大魔法は扱えなくなる。
扱えなくなれば、もう二度とダイに会える可能性はなくなるだろう。
本当に焦っていたのだと今更ながらに気付き、
いい年をして情けないと自嘲するポップに、
その様子を黙って見ていた少女はクスリと笑んだ。
「わからない事にぶつかった時、まず自分で考える。
そう言うのって私好きよ。
考えは纏まった?」
「いいや、残念ながら。
何しろ手持ちのカードが少ないままで来ちまったからな。」
「まぁそうよね。
私のテリトリーに入る文献があっただけでも驚きだもの。
知れば書き残す前に使いたくなるものでしょう?
使えば、その子はそこで存在しなくなる。
先に書き残したのか、
誰かが傍にいたのか知らないけれど、それはとても貴重だわ。」
「その存在しないってのがすげぇ気になるんだけどな。」
「そうねぇ。
何も知らないのはつまらないからヒントでもあげましょうか。
今がないと過去はないの。
そして此処には時が無い。」
わかるかしら?と笑う少女に、ポップはなるほどと納得する。
時の存在しない空間に入った段階で、自分にも時は存在しなくなる。
それは今の自分が居なくなったという事だ。
そうして今の自分がなければ、当然未来もない。
だが、過去もないと言うのはどう言う事なのだろうか?
自分が生きた痕跡。
それらが全てなくなると言う事だろうか?
「・・・・時から外れた時点で今の自分は消える。
だから未来もなくなるし、存在しない以上過去もないって事か?」
「概ね当たりよ。」
「んじゃ俺の生きた痕跡はどうなってる?」
「存在しない以上、痕跡もないわね。
誰もキミを知らないし、キミが生きたって証拠もない。
勿論、戻れば元通りだけれど。」
「なら例えばほんの少し前に戻れば、そこから先はまた同じ道を歩むのか?
やり直した道は同じ結果になるのか?」
その問いに陽気に笑んでいた少女の表情が悪戯なものに変わる。
知っていても教えないと言わんばかりのその表情に、逆にポップは確信した。
未来は変えられるのだと。
「未来なんて存在しないわ。
今の自分が過去であり、そして未来は今となる。
過去のキミから見れば今だって未来でしょう?
未来なんてただの言葉。
生きた道が全て。」
「なら俺が戻った場所が過去でも今になる。
そこから進む道は決まっていない。」
「そうなるわね。
過去に戻れれば、だけれど。」
「戻れないのか?」
「どうかしら?」
曖昧にはぐらかすその様子に、ポップは年甲斐もなく唇を尖らし。
ちぇと小さく呟けば、肩を竦めてその場に座った。
そうして不思議そうに己を見る少女に向かい笑う。
「普通、何とかして戻りたいからとか言って、
お願いしたり、脅したりするものじゃないのかしら?」
「んな事したって無駄だろ?」
見た目が少女であれ、彼女は人とは違うのだ。
並みの相手には簡単に負ける事はないと自負しているけれども、
相手がどんな力を持っているかもわからないのに、戦うのは得策ではない。
まして戦わなければならない相手とも思えない。
彼女は敵ではないのだから。
「どうせ此処に時間はないんだ。
だったらアンタがその気になるまで待てば良い。」
「・・・・・キミ変わってるわ。」
「待つのは慣れてるもんでね。」
どこか寂しげにそうポップが笑えば、少女は少し首を傾げ、
そうして小さな光を指先に灯した。
「私は神様なんかじゃないわ。
ただ時から外れた世界に居て、力があるだけ。
そうして私は、つまらないの。
退屈なのよ。
キミの生きてきた道は、私は一度見たようなもの。
同じものは見たくないわ。
その意味がわかる?」
光を指先で弄びながら、少女は少し真剣みを増した眼差しでポップを見据える。
そうしてポップが答えるより前に、まぁと言葉を続けた。
「どちらにしても、時は私の介入を嫌うから、
違う道を選ぶのは大変だけれどね?」
「・・・・別に時間の神が居るって事かい?」
「さぁ?姿を見た事はないから神様なのか、
それとも時間の流れなのかはわからないわ。
そうね、私は多分河を塞き止める大きな岩なのよ。」
「だから河も流れを戻そうと抵抗する?」
「そうね、時には氾濫を起こしてでも元に戻ろうとするわ。
だから大抵は前と同じ結果になって絶望する。
キミはどうなのかしらね?」
「時間とアンタからの妨害かぁ・・・・
やってみないとわからない事にはなんとも言えねぇな。」
「あら、私は妨害はしないわよ?
ただ戻る時に一つだけ何かを加えるだけ。
それ以上は何もしないし、見てるだけよ?」
さぁ、どうするの?
そう問う少女にポップは不敵に笑いで返す。
行かないわけなどない。
大魔王と戦う以外に新たに敵も増えるが、
そんな事に抵抗はなかった。
もう二度と親友は殺させない。
それだけが願いなのだから。
「勿論、それでも過去に戻るさ。」
「言うと思ったわ。
なら行きなさい。
精々私を楽しませて?」
少女はゆっくりと立ち上がり、指先の光をポップの元へ投げる。
酷く明るいその光は熱さもなくただぼんやりと浮かんでいた。
「アンタが何を加えるかは、そん時のお楽しみってか?」
「ええ、そうよ。
ソレを持って願えば良いだけ。
私のところに来た様にね。」
少女に言われた通りポップがソレを願えば、
光は徐々に大きくなりその姿を包み込む。
これが終りではない。
けれど、漸く第一歩を歩めた喜びに、
ポップが満足そうに笑み少女に視線を向ける。
そうして、ありがとうと紡げば、
彼女は目を瞬かせ、嬉しそうに微笑んだ。
そうして再び誰も居なくなった空間で、彼女は再び揺り椅子に座る。
今まで多くはないが少なくもない数の願いを叶えてきた。
過去に戻りやり直したいと願う者は少なくはない。
気紛れに地上に降りたり、
魔界に降りたり、
時には此処に来る者の願いを叶えた。
勿論、ほんの少し手を加えて。
だが、結果を変えたものは少ない。
大抵が時の流れに負けるのだ。
時の概念がない少女にはポップが何時に戻ったのかも
何時の時代の人間かもわからない。
極稀に自分の空間へと現われる者は、
どれも洋装が違うから年代が違う事はわかるけれど。
そこまで考えて少女はふと思い出す。
そう言えば前、彼と似た洋装の人物が来なかっただろうか、と。
「・・・面白くなってきたわ。」
そう呟いて、少女はクスクスと笑って目を閉じた。
暫くは楽しめそうだと思いながら。
to be continued
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