「ちっ・・・・逃げやがったか。」
己の発した呪文により大きく抉れ削れた地面を眺め、
寸での所で逃げ遂せたザボエラにマトリフは忌々しげに舌打ちする。
が、それと同時に軽くなる身体と消え失せた結界に視線を、
かつて氷魔塔のあったと思われる位置へと動かし。
僅かに笑みを浮べる。
結界も消え、
戦闘力も魔力も本来の力に戻った以上。
ダイ達に任せて問題はない。
寧ろ、歴史通りに進もうと思うのならば、
ダイ達のレベルアップも兼ねて此処は大人しく引下るべきだろはわかっている。
だが。
敵から仲間を逃がす為とは言え、
怪我を負って捕まる様な馬鹿な弟子を一発くらい小突いてやらねば、
自分の気が済まないと言うもの。
「ま、本当に死に掛けてるなら回復してから殴ればいいしな。」
そうすれば心置きなく殴れると。
心配を皮肉に変えてマトリフは自嘲気味に笑い。
そうして移動呪文を唱える為に口を開いた。
そうして、辿り着いた目的の場の。
その状況に。
マトリフは小さく息を飲んだ。
Even if it exceeds a time10
「・・・どう言う事だ・・・」
ダイ達の集結する中央塔の決戦の場に立ちマトリフは、
掠れる声を絞り出す様に小さく呟く。
無数の氷と炎の礫になった魔物の姿に驚く訳ではない。
その魔物こそが禁呪を使い生まれたフレイザードだと想像するのは容易く。
そのフレイザードがどの様な姿で現れたとしてもそれは許容範囲の事だ。
そして、それにダイやマァム達が苦戦するのも予想の範囲の事。
けれど。
そのフレイザードの後方で。
フレイムに押さえ付けられ、血を流し、倒れ付す、
『ポップ』のその姿を見た瞬間。
体中の血液が逆流しそうになったのだ。
忌々しげにフレイザードを睨み付け、
それでも怒りを押し留め、マトリフはなるほどと呟く。
ダイ達が想像以上に傷付いているのは、
あの『ポップ』を人質にされての事だろう。
苛立ちに歯噛みし、
それでもダイ達の負傷を先に何とかしなければとその場に姿を現せば。
フレイザードの勝ち誇った笑い声が響く。
「ヒャハハハハハハッッ!!
助っ人の登場かい?!
こっちには何たって人質がいるんだからよぉ!
手も足もでないままやられるとわかってて
わざわざ姿を現すたぁご苦労なこった!!!」
なぁ?と見せ付ける様にちらりとフレイザードの目配せするその先に見える『ポップ』の、
苦しげに呻くその姿を一瞥し、マトリフが回復呪文と紡げば。
マァムとダイが表情を歪ませたままその名を呼ぶ。
「マトリフおじさんっっ・・・・!!」
「マトリフさん・・・!」
ポップが!そう続けたいだろう二人を手で制し。
落ち着けと、そう紡ごうと口を開いた時、
酷く弱々しい『ポップ』の声が聞こえる。
そうして、その声を耳にした瞬間。
今度こそ、マトリフは感情を御する事を放棄した。
わかっているのだ。
アレは、偽者だと。
別れて久しいとしても、たった一人と認めた弟子の事。
例え遠目でその姿をはっきり見る事が出来なくとも、
本物かどうかくらい、判別は出来る。
間違えるはずはない。
アレは間違いなく偽者。
だが。
『助けて・・・・』と。
そう弱々しく呟いたその言葉に。
憤りと怒りが体中を駆け巡る。
「よくも・・・・」
ポツリと呟いて、マトリフはフレイザードに直面するれば。
マトリフの紡いだ言葉にフレイザードはニタリと醜悪な笑みを深めた。
「よくも、何だってんだ?
よくも仲間を傷付けたなとでも言うつもりかぁ?!
ンな甘い事言ってるから悪いんだろうが!!
卑怯だろうとなんだろう勝てりゃソレで良いんだよ!!」
負けて死んだヤツは文句も言えねぇだ・・・」
「誰がンなつまらねぇ事言うか、馬鹿め。」
見下す様に笑うフレイザードの言葉に言葉を被せ、
マトリフは嘲笑を浮かべる。
「卑怯だろうが生き残って勝った方が正義。
ンなもんは昔からの定石で、同然の事だろうが。
負けたヤツの戯言なんぞに一々気にするのがくだらねぇんだ。
テメェの言う事もやり方も、そう珍しいもんじゃねぇし、
理解はしねぇが理屈はわかる。
だがな。」
そう言う事じゃねぇんだ。
そう紡いでマトリフは両の手に魔力を込める。
ザワリと木々がざわめく程の魔力と威圧感に敵も味方もぐっと押し黙れば、
マトリフは殊更ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「よくも偽者如きでアイツを侮辱してくれたな。」
アイツは確かに弱音が得意で、臆病で。
よく戯言交じりに「助けて」とそう紡ぐ事はしたけれど。
自分の所為で仲間が死ぬかもしれない。
そんな時に「助けて」などと決して言わない。
己の言葉に、仲間達の驚きとやはりとある程度予測していたのか確信めいた呟きとを
背で受け止めつつマトリフはフレイザードを見据える。
「俺が手を出しちゃ、ひよっ子どもの為にならねぇとか、
もうどうでも良いし、面倒くせぇ。
お前は本気で俺が潰す。」
「はっ!!
言ってくれるじゃねぇか!!!!」
ゴウッと勢いを増しフレイザードの欠片が一斉の礫となりマトリフに向かえば、
マトリフは正面にその手を突き出し魔力を開放する。
「フバーハ!!」
刹那、淡い羽衣にマトリフだけでなくその背後のダイ達まで包めば、
ザッとフレイザードもまた欠片を翻す。
そうしてもう一度攻撃を仕掛けるよりも早くマトリフのもう一つの呪文が紡がれた。
「ベタン!!!!」
「っ?!
ガァァアアッァアァァァァ!!!!」
通常の何倍もの重力をフレイザードと、その背後にフレイムと『ポップ』をも巻き込みそのまま地面へと叩き込み、
声もなく一瞬で消えるフレイムとモシャスの切れた『ポップだったモノ』を尻目に、
マトリフは構わず魔力を込め続ける。
ミシミシとかかる重力に耐え切れず、炎と氷の欠片はどころか核までもが軋み
フレイザードは堪らず呻く。
その圧倒的とも言える力の差に、
ダイ達ですら言葉を失う中。
マァムは一人、あぁと小さく嘆息した。
「マトリフおじさんは・・・ずっと怒ってたのね・・・」
再会してからずっと、不機嫌に見えたのは。
変わってしまったと思えたのは。
ダイから聞いた、瞳が揺らいでいたと言うのも、
微かに手が震えていたと言うのも。
生きていると、大丈夫だと豪語した彼は、
ポップが心配だったから震えて、瞳が揺らいでいた訳ではなくて。
その怪我を負わせた相手に。
本当に捕まっていたかもしれないポップを利用した相手に。
もしかしたら、その場にいなかった自分にも。
ずっと怒りを堪えていたのだ。
「グッッ!!ガァァァァアアアアアアアァッッ!!!!」
一際大きくなるフレイザードの声にハッとマァムが面を上げれば、
幾許かの欠片が砕ける。
断末魔の響きにも似たソレに誰もがマトリフの勝ちを確信した時、
声が、響いた。
「師匠ーーーーーーーーっっ!!!!!」
to be continued
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