フラフラと怪我と出血で覚束無い足を叱咤しその場に辿り着いた時、
フレイザードと対峙するその姿が見えた。

己の記憶よりも大分若いその姿。
けれど、どれだけ姿が変わっていても。
絶対に間違えるはずがないその人。


「・・・師匠・・・」


ポツリと小さく呟き、そうしてその姿よりもわずかに後方に、
心配していた仲間達の無事な様子を確認し。
ほぅと小さく溜息を吐いた瞬間、ポップの足がカクンと地面に崩れ落ちる。


「・・・っ?!」


気力と僅かな魔力で騙し騙し此処まで来た身体も、
一瞬緩んだその瞬間に限界を訴え、力が入らない。

クソッと小さく苛立ちを吐き出しポップは戦いの場を見詰める。
まだ、倒れる訳にはいかない。
何があったのか途中からではわからないけれど、
師は確実に苛立っていて。
あのままでは自らの手でフレイザードを倒してしまうだろう。

それでは、駄目なのだ。

決して楽な戦いではなかったけれど、
ダイがこの戦いで覚える空裂斬と完璧なアバンストラッシュはこの先必要なものだ。

「駄目だ・・・・」


ダイが倒さなければ、駄目なのだ。

止めなければ、駆けてでもあの場へ行き止めなければ。
そう思っているのに、身体が、動かない。

見えるのに。
手を伸ばせば、届きそうなのに。
また、届かないと言うのか。


「嫌だ・・・・そんなのもう嫌だ・・・・」


ダイを助けられなかったあの時みたいに。
手が、声が。
届かないなんて、嫌だ。




「師匠ーーーーーーーーーーーーっっ!!!!!」





聞こえたその声に。
シンと一瞬の静寂が周囲を支配する。


記憶していたよりも少し高いその声。
けれど、『本物』のその声にマトリフは長く深く溜息を吐き出しその手に込めていた魔力を緩める。

そうしてその声の方向へと視線を向ければ。
漸くマトリフは小さく笑みを浮かべた。


「来るのが、遅いんだよ。馬鹿弟子。」





Even if it exceeds a time11






「ポップ!!!!
無事だったんだね!!!」


マトリフに釣られる様に視線を其方へ向ければ、
無事とまではいかないまでも、存命なポップの姿にダイは歓喜の表情を浮かべ名を呼ぶ。
そんなダイに弱々しくも手を挙げる事で答えれば、
ポップはマトリフへと視線を移す。

じっと見詰めるそのポップの視線に、
マトリフはやれやれと肩を竦め込める魔力全てを放棄し呪文を止める。


「マトリフさんっ?!」


あと一歩。
あと一歩でフレイザードを倒せると言うのに突然放棄されたその勝利に、
レオナが驚き目を見張れば。
マトリフは悪びれた様子も見せずに、首を鳴らしフレイザードに背を向ける。


「別の用事が出来た。
まぁ面倒だし、あとはお前らで何とかしな。」


アレを見殺しにしたいってんなら話は別だがな。
そう皮肉にポップを指差す様子にレオナははっとする。
そうしてポップの元へと足を運ぶマトリフは、
レオナと共に並ぶマァムへ大丈夫だと薄く笑って見せた。


「ダイには此処に来る前にヒントもやったし特訓もした。
ついでにアイツもあの野郎に一撃くれてやってるみたいだしな。
心配しなくても負ける事はないだろうよ。」


あの野郎とはフレイザードの事で間違いないのだろうが、
アイツとはポップの事なのだろうか。
負傷しているだろうポップが何をしたのかとレオナとマァムは小さな疑問を抱くが、
ポップの方へと視線を向けたマトリフの、
初めて見る強張る表情に、それを問う暇はなかった。


「ポップ!!」


木の畝に手を掛けたまま崩れる様に蹲るポップの口から零れる鮮血に、
マトリフがその名を呼べば。
ポタポタと溢れるそれにレオナとマァムが交代する様にフレイザードと対峙するダイ達に視線を向ける。


「ヒュンケル!クロコダイン!」

「ダイくん!!」

「わかってる!!
こっちはいいからポップを頼む!!」


強敵と対峙したまま、それでも頷いてみせるダイ達にレオナらもまた頷き、
マトリフの後に続くべく駆け出した。







「ポップくん!!」


マトリフより僅かに遅れてその場に辿り着けば、
溢れる鮮血の量にレオナは小さく息を飲む。


これはまずい。
そう直感したからだ。
魔法衣の胸元は焼け焦げ、垣間見える胸元は火傷で爛れ。
身体にはいくつもの痣と小さな裂傷の数々。
それだけでも大怪我だと言うのに。
纏う法衣にこびり付く血液の色が所々黒ずんでいるのは、
何度も吐血を繰り返した証。
酷く内臓を損傷しているからに他ならない。
これだけの出血を未だ繰り返せば、最悪体中の血液が足りなくなりその機能を停止しかねない。


「マトリフさん!!」

「・・・っ!このままじゃっ!」

「黙れ!!」


最悪の結末を迎えるかもしれない。
そう堪らずに声をあげれば、間近で聞くその怒声にビクリと彼女らは身を震わせる。


「言葉にするな。口にするな。
そんな事は絶対にさせるか!」


真直ぐにポップだけを見詰め紡がれる言葉に表情を引き締め直し、
己らもまた回復の為に手を翳し呪文を紡ぐ。
外傷よりも、傷の深さも損傷具合もわからぬ分内臓の傷は厄介な事が多い。
内臓の傷はマトリフに任せ、自分はまず外傷から回復をとその服に手を掛け、
レオナは表情を歪め、ぎゅっと唇を噛み締めた。


「女の子・・・・だったの・・・・?」


遠目からでしか見る事が適わなかった一瞬の出会いでは口調と服装だけで男だと思っていた。

戦場で男も女も関係がない。
傷が付くのは当り前の事。
そうとわかっていても、同じ年頃の少女が、
無残な火傷と傷を追っているのを見れば、
やはり居た堪れない。
ましてや彼女は。
己を助ける為に、この傷を負ったのだ。
ありがとうと短くレオナが感謝の言葉を紡ぎ、
そうしてそれぞれに回復を掛け続ければ、
ほんの僅かに赤みを取り戻した頬が緩やかに持ち上がった。


「・・・・女の子相手に・・・・怒鳴るとか・・・
らしく、ねぇ・・・なぁ・・・師匠・・・・」


薄らと目を開け、か細く紡がれた言の葉に、
ほうとレオナは安堵の息を零す。
ポップったらと涙目になりながらもマァムも笑みを浮かべれば、
マトリフもまた呪文を掛けたまま、苦々しく溜息を吐いた。


「馬鹿弟子が・・・・」

「・・・うん・・・ごめん、師匠・・・」


追いかけて来て。
待ってられなくて。
それから、忘れて。
ごめん。

途切れ途切れに語られた言葉に、
コトリと首を傾げるレオナとマァムを他所にマトリフはやはりと内心呟いて嘆息する。

己を呼んだ時から、そうではないかと思っていたのだ。
時を遡った自分が、ポップの事を覚えているのは当り前でも。
この時会った事のないポップが、自分を知っている筈がないのだ。
何よりも変わったその姿を目にすれば、
それは間違いないのだ。
自分が若くなった事が、女神の『何か』であるのならば、
弟子のその姿こそが女神の齎した『何か』であるのだろうから。


「・・・・待ってろって言っただろうが。」


もっとも存在しない自分の言葉など覚えている筈もないのだけれど。
わかっていても、紡ぎたくなる非難めいた言葉を口にすれば、
もう一度ごめんと紡ぐポップにマントを投げ掛け、マトリフは苦く笑った。
















「くそっっ!!!!
今のは危なかったぜぇ・・・・」


時を同じくして。
重力から開放されたフレイザードは消耗し少なくなった身体を再構築し小さく呟く。
ゼイと荒く息を繰り返すのは、己の身体を分解させる禁呪の影響以上に
先程の呪文の威力があったからに他ならない。
だが、その強力な呪文の使い手も仲間を助ける為などと甘い事を抜かし、
チャンスを潰した。

ザボエラの用意した置き土産であった偽者はもうなくなったが、
先程の男以外で自分を倒せるだけの技を持ったヤツはいない。
ざまぁみろと内心呟いて、フレイザードは倒れ込み鮮血を零したポップを一瞥する。


「・・・仲間だ絆だとほざいた所で、結局敵を倒せるチャンスを潰してるだけじゃねぇか。」


情けの所為で勝つチャンスを逃すくらいなら、そんなものはやはりくだらないのだ。


「なんたって、勝ったヤツが正義なんだからよぉ!!!!
さぁ、やろうぜ勇者サマ!!
まとめて捻り潰してやらぁ!!!」


ゲラゲラと声高らかに嘲りフレイザードは再び欠片となり宙に舞う。
己の核さえ無事であるのならば、炎と取り込み氷を取り込める自分に敵は無い。
ましてや魔法も使えそうに無い3人が相手ならば、勝利は決まったも同然。
そう思いながらフレイーザドは嘲笑し、欠片を翻せば、
腕で襲い来る欠片をガードしダイが呻く。


「くっ!!!」


ともすれば防一戦になり兼ねない状況の中、
ダイは必死で気配を探る。
マトリフは言った。
目に頼らず、気配で敵を探すのだと。
魔法使いならばともかく、直接の戦闘をするの自分ならばそれは可能だと。
確かに、そう言われればおぼろげには相手の位置がわかる。
自分に向けられる殺気もだ。
けれど、それはあくまでもおぼろげでしかなく、
正確にその核の場所までは把握できない。


どうしたら良いのか。
考えれば考える程に焦りは募り、余計に相手の気配を感じる事が難しくなる。
そう理解はしているのに、感情までは追いつかない。
どうしたら・・・と繰り返す思考に迷いダイがマトリフへと視線を向ければ。
ポップの酷く赤い鮮血が目に飛び込み、一瞬で頭を冷やした。


「そうだ・・・迷ってる暇なんか無いんだ。」


迷えば、ポップの命が危なくなる。
マトリフやマァム、レオナと回復魔法の使い手が居たとしても、
此処でフレイザードに勝てなれば、それは死に繋がるのだ。


「あぁ?!
目なんぞ閉じてどうするつもりだ?!
とうとう諦めて念仏でも唱える気になったかぁ!!!!」


剣を構えたまま突然目を閉じたダイにフレイザードは再び嘲笑を浮かべ、
ざわりと欠片を構築し一つになる。
何をするつもりかはわからないが、目を閉じるなどと言う愚行を犯すダイに強打を与えるのならば
人の姿の方が有利と判断しての事だった。
その様子に固唾を呑んで見守っていたクロコダインがその名を呼び立ち上がる。
が、盾にと動こうとするクロコダインをヒュンケルが制す。


「ダイなら、大丈夫だ。」


寡黙な男の確信めいた言葉に、だが、と呻く様にクロコダインが紡げばヒュンケルは
ダイへと視線を向けたまま、もう一度大丈夫だと告げる。


「・・・あのまま焦りだけが先走るのであれば危なかったかもしれないが、
今のダイは驚くほどに落ち着いている。
目を閉じたのも、気配をより鮮明に感じるためにだろう。」


だから、心配いらないとはっきり告げるヒュンケルに、
クロコダインも得心がいったと一度頷き、ダイへと視線を向けた。


「・・・・わかる。」


目を閉じ冷えた思考で周囲を探れば、今まで感じる事も出来なかったその気が手に取る様に。
クロコダインの大きな気も、その隣のヒュンケルの気も。
遠くに離れるマトリフの、レオナの、マァムの気も。
弱々しくはあるけれど暖かいポップの気も。

無事で良かった。
そう安心した様に呟けば己の真正面から感じる殺気の中に
ほんの僅かにポップの気を感じダイはほんの少し笑みを浮かべた。
フレイザードの丁度中心から感じる気配。
それは最初に逃げる時にポップが打ち込んだ杖の欠片の僅かに残った魔力。
まるで核の場所を示す様に微かに感じるその魔力にダイは剣を握る手に力を篭める。


「何がわかるって言うんだっ!?
てめぇの死期でもわかったってのか!!!!」


ならば今死ねと笑いフレイザードはダイに向かい炎に包めれた片手を向け、
五指にメラゾーマを束ね。
その瞬間、核の中でパキンと小さな欠片が弾けた。


「ガァァァァァァァァァァァァッッ!!!!」


同時に起こる激痛に炎は霧散しフレイザードは堪らず膝を突く。
そうして近づく気配に気付くも時既に遅く、
ダイの技が炸裂した。


「空裂斬!!!!!!」















「・・・・くそっっ!!!くそくそくそっっ!!!!!」


核が無くなった事で結合を維持出来なくなったフレイザードは忌々しげにダイを睨み付ける。
氷の半身は既にヒュンケルとクロコダインの手により消滅し、残すのは微弱な炎のこの身のみ。


「何でだ!!!
テメェは俺の核が何処にあるか知らなかった!
何でわかった!!!!」


気を読むなどと言葉で言うのは容易いが、全く出来なかった人間がいきなり実践の中で出来る訳もない。
常に肌刺す殺気の中で正確な核の位置を把握するなど出来るものか。
そう叫ぶフレイザードにダイは目を開け、正面から見据えればゆるりと言葉を紡ぐ。


「お前の核にほんの少しだけポップの気配がした。
・・・ポップが、お前の核の場所を教えてくれたんだ。」

「・・・・ンなもの偶然だ・・・・っ!」


中央塔でのあの時、己から逃れる為に杖を砕き核を攻撃したあの魔法使いの。
魔力は今も残っていたとしても。
それはあくまでも偶然であり、
本人とて意図した所ではないに決まっている。
ましてや、まさに攻撃しようとした瞬間に、その魔力に耐え切れず弾けるなどと、
そんな事はただの偶然に決まっているのだ。


「運が良かったなぁ勇者サマ!!!
だが次も偶然が重なるとはかぎらねぇ!
せいぜい死なねぇ様に逃げ惑うんだな!!!!」


もう消滅も間近の最後の気力を振り絞りフレイザードは高らかに嘲笑う。
そうして


―――― 生まれたてのお前に俺らの絆はわかんねぇよ、クソガキ ――――


「・・・あぁ。わかんねぇ、な。」


あんな偶然が絆だなんて認めるものか。
そう呟いて、フレイザードは目を閉じた。



to be continued


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