まずは戻って身体を休めよう。

そう紡いだポップの言葉に反論する者は誰も居なく。
マトリフのルーラで洞窟へと戻れば。

己らの君主であるレオナを。
仲間を助けに向かった勇者達を。
または君主を守る為敵に捕まったと言われたポップを。

皆それぞれ案じ、眠れぬままに夜を明かしたのか、
誰一人かける事無く帰還した一行を歓喜で出迎えた。


「姫様!ご無事で良うございましたっ!!!」


レオナの姿を見付けエイミが駆け寄れば彼女の言葉にレオナは笑みを深め
ひらりと手を振る。
その傍ではアポロや負傷した兵士達も一様に笑みを浮かべ。
起き上がれる者は近寄り、
床に伏したままの者は遠巻きに。
幼い君主や勇者達を労う様に声を掛ける。

賑やかしいを通り越して、騒がしいその出迎えに。
照れた様に擽ったそうに笑うダイやマァムを他所に、
先程遭遇したミストバーンが未だ気になるのか、
ポップだけはじっと海を越えたバルジ島を真直ぐに見詰めた。


「ま、考えても仕方ねぇか・・・・」


暫くそうして島を眺めるも、全く纏まらない考えにポップは小さく溜息を吐く。

最初から、想定外の出来事が続きすぎた所為で、
少し敏感になり過ぎているのかもしれない。

我ながら情けない事だと自嘲して。
とにかく今はつかの間の休息を大事にするべきだと、
そう思い直し周囲を見渡した所で、ポップは、あっと小さく声を上げた。


「あ〜・・・・やばいかも・・・・・・」

「・・・何が?」


そう呟くポップに気付きダイが問い掛ければ、ポップは苦笑しながらその方向を顎で示す。
その方向には、兵士達に囲まれ何事かを語られるマトリフの姿。


「・・・あの人、騒々しいのとか喧しいのとか嫌いだからなぁ。」


切れなきゃ良いけど。
憮然としたまま、それでも煩いと怒鳴り散らしてないだけマシだけど。
そんな風に呟いて、ポップは一つ嘆息する。
まぁ相手は純粋に好意で労ってくれてるのだ。
そんな相手を前に怒鳴る事など傍若無人を絵に描いた様な師でも出来ないのだろう。

それにしたってそろそろ我慢の限界なんだろうなと。
どう助け舟を出すべきかとポップが考え始めれば、
それよりも早く、ずっと黙ったままだったマトリフが漸く口を開いた。


「歓迎は、感謝するがな。
こんな辛気臭い洞窟で安静にするよりか、愛着のある自分達の城の方が随分と楽ってもんだろう。
再会の挨拶も、な。
そんな訳で今直ぐお前さんらが動ける様に、この俺が傷を回復してやろうじゃねぇか。
なに、心配するな。金なんぞ要求しねぇ。」


だからさっさと帰れ。
言外にそう告げるマトリフの言葉に、
変わってないなと小さく笑ってポップは肩を竦めた。




Even if it exceeds a time13






「にしたってさぁ。アレは酷いんじゃねぇの?師匠。」


相変わらず横暴だなぁとポップが呟くのは、勿論先程の洞窟の前で行われたやり取りの事。
宣言通り重症、軽症に関わらず傷付いた兵士達全員に回復を掛け、
洞窟から追い出したマトリフの行動にポップはクスクスと笑う。

尤も、兵士達はその魔法の威力に感嘆してたし、
傷の回復を辞退した三賢者もその言葉を気遣いと取ったのか、
揉める事もなくすんなりと場は収まったのだけれど。


城に戻り宴の準備をしますので、夜には必ず来てくださいね。


そんな風に言付けを残し一団とも言える人数が去っていけば。
ダイ達と、それからやはり戦いで休息したいだろうと気遣われ残ったレオナだけになり、
随分と静かになった洞窟内に満足したのか、
マトリフもまた溜息を零し。
そうして、忙しなくパタパタと動くポップを睨み付けた。


「で。てめぇは何をしてやがる。」

「・・・・寝床の準備だけど?
ヒュンケルとクロコダインは『夜には戻る』とか言ってどっかに行っちまったけど、
ダイとかマァムとか姫さんは疲れてるし寝たいだろうし。
流石にシーツも何もなしに、そのまま寝ろって訳にはいかねぇし。」


そしたら準備するしかねぇじゃん。
そうさも当然と言わんばかりに紡ぐポップの言葉に。
ヒクリとマトリフの頬が引き攣る。

どうやら、この弟子は。
他の誰よりも自分が一番重症であった事など綺麗さっぱり忘れたらしい。

らしいと言えばらしい、自分に頓着しない姿にチッと小さく舌打ちすれば、
未だ己のマントを適当に羽織ったままのポップを捕まえ担ぎ上げた。


「おおおおおっ?!
ちょっ・・・何だよ師匠!!」

「うるせぇ、頭の上で喚くな馬鹿弟子が。」

「じゃあ担ぎ上げんなっての!
何この持ち方?!俺って荷物か何かかよ!!
つか俺は寝る場所の確保で忙しいんだっての!!」

「あ〜益々うるせぇな!
さっきまで人が山ほど居たんだ、そこら辺に寝る道具なんぞ転がってるし、
全部準備をしてやる必要があるほどお前の仲間は赤ん坊でもねぇだろうが。」


頭の上でジタバタと動きつつも喚くポップを睨みつつ紡いだマトリフの言葉に、
グッとポップが押し黙れば。
大人しくなったポップに勝ち誇った様に笑みを見せ、
次いで、二人のやり取りに口を挟む隙すら見出せなかったダイ、マァム、レオナへと視線を向ける。


「其処にあるものは何使ってもいい。
夜まで寝るでも何でも、好きにすんだな。」


それとも準備が必要かと問えば、ぷるぷると首を横に振る三人に、
馬鹿弟子よりは聞き訳が良いと紡ぐマトリフに。
抱え上げられた状態のまま、
何時までこのままなのかと憮然とした態度でポップが紡げば。
マトリフは有無を言わせぬ笑みを湛えた。


「お前は、あっちで、説教だ。」













「・・・・・・ポップ・・・・大丈夫かな・・・・?」


鬼!!やら悪魔!!やら散々に喚いていたポップがマトリフと共に奥の部屋に消え。
暫く呆気に捕らえていたダイが漸く我に返り、僅かに心配そうな気配を滲ませたままそう呟けば。
レオナとマァムはそんなダイの様子に可笑しそうに頬を緩ませた。


「大丈夫だと思うわよ?」

「ええ、問題ないと思うわ。」


クスクスと笑う女性二人に、
でも怒ってたみたいだし・・・とダイが重ねて問うけれど。
意に介した様子もなくレオナやマァムは笑みを深める。


「だって。アレは心配してるだけでしょう?」

「おじさんも素直じゃないから。」

「そうかなぁ・・・・・?」


納得したようなしてない様な。
そんな複雑な表情で首を傾げるダイにそうよと笑って、
マァムは二人に消えた方向へと視線を向ける。


「だってね?
ポップに会う前のおじさんと今のおじさんって何か雰囲気が違うと思わない?」


私は、今のおじさんの方が馴染み深いんだけれどね。
そう言うマァムの言葉を聞けばダイは確かにと小さく呟く。

確かに、言われてみれば戦いに行く前の、
何処か突き放した様な、ピリピリとした雰囲気はないかもしれない。
だが、それと今の事に何の関係があるのかと。
益々不思議そうに首を傾げるダイの様子にマァムは苦く笑う。


「私の知ってるおじさんは。
ぶっきらぼうだけれど、優しくて。
言葉は悪いけど、冗談を言って。
皮肉げに、時々穏やかに笑う人だったの。」


それ故に、再会した時は、酷く困惑したものだ。
あんな風に人を突き放す言い方は絶対にしないはずなのに。
一体何故と。
何があったのかと。
そう思いもしたのだが。


「フレイザードと戦った時に、わかったの。
おじさんはずっとポップの事を心配して。
それから、怒っていたのねって。
それってポップの事がとてもとても大切だからよね?」


だから心配ないわ?
一番の怪我人だったポップが全然自分の事顧みないから、
マトリフおじさんも少し意地悪しただけよ。


「・・・・そっかぁ・・・・・」


そんなマァムの言葉に納得したのか、なるほどとダイが頷けば。
それにしても、とレオナは小さく感嘆の息を漏らす。
ん?と問う二人を他所に何処か夢見がちな視線で宙を捕らえたレオナがゆるりと口を開いた。


「あの二人の関係って何か良いわよねぇ。」

「あ、それは私も思ったわ。
ポップとおじさんの関係ってなんだかとっても素敵よね。」

「でしょ?!
何かこう凄く深い信頼関係って言うか!
目で語り合えそうな感じがするわよねぇ!」

「そうよね。
お互い信頼しあってるって感じがするわね。」


素敵よねぇとレオナが溜息交じりに告げれば。
同意する様にマァムもまた、良いわよねと返し。
「あぁ言うのが・・・・」とどちら共なく口にすれば、
二人は同時に続く言葉を紡いだ。


「理想の恋人同士よね!!」

「理想の師弟関係だわ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・えー・・・」

「え?だ、だって二人って凄く年とか離れてるじゃない!
おじさんて見た目は凄く若いけどあぁ見えて私達の父親よりも年上なのよ?!」

「甘い!甘いわ!!
恋愛に年の差なんて関係ないのよ!!
お互いが好き合ってたら年齢なんか関係ないの!
って言うか師弟から恋人に発展するなんて益々素敵じゃない!」


マァムもまだまだね!と根拠なく力説するレオナに、
困惑しつつも、でも・・・と言葉を捜しつつマァムが応じれば。
眠気も疲れも押して始まった女二人の会話に。

師弟って言うならアバン先生とポップもそうなんじゃないかなぁとか。
そもそも戦いの最中によくそんなトコ見てる余裕あったなぁとか。

そんな風に思いつつ。
口に出せば巻き込まれると本能で察したダイがシーツに包まりながら、
ポップの所に行きたいなぁと小さく呟いた。











「何か・・・・あっち楽しそうだなぁ・・・・」


ボスッと乱暴にベッドに放り投げられうつ伏せたままの状態で、
微かに聞こえる仲間達の声にポップは不貞腐れた様に唇を尖らせ呟く。
もっとも、もし内容が聞こえたのなら、
驚きで言葉を失うか、
ありえないと怒り出すかのどちらかなのだろうけれど。
まさか自分達が話題になっているとも露知らず、そんな風に呟いたポップの顔面に、
バサリと乱暴に薄いグレーの何かを投げ付ければマトリフは呆れた様に溜息を零した。


「ぶっ!!!?」

「んな事よりさっさとマント返せ。」

「・・・・・・へーい・・・・・」


で、その格好を何とかしやがれと言葉続けるマトリフに顔に投げるなと小さく睨みつつ、
それでも流石にボロボロになった服はもう着れないのだし、換えがあるだけ有難いと、
ポップは身体を起こし大人しく言葉に従い服に手を掛け。
そこで今の今まで忘れていた、
かつての自分にはなかった、胸の小さな膨らみに気付き嘆息する。


男であった自分。
時を戻る代償として女になった自分。

ダイを失う未来を実現させない為に、どんな事でもすると誓ったのもまた自分な以上。
この身体が女になる事など、大した事ではない。
寧ろ、戦いに参加出来るか怪しいくらい若返ったり年を取らなかっただけマシだとも思う。
だから、この溜息は落胆でも後悔でもない。
そうではないのだ。

突然性別が相反するものへと変われば、
多かれ少なかれ動揺するものだと思うのに、
心の何処かが言うのだ。

15年、女として生きてきたじゃないか、と。
この姿が普通だろう、と。

未来を覚えてるにも拘らず。
男として三十年と幾許か過ごした事も覚えているにも拘らず。
『女』としての自分を、驚くほどにすんなりと受け入れている事実が。
時を戻る真の代償のような気がして。
恐ろしい、そう思ったのだ。


「ま、仕方ない。」


ともすれば、暗く不安を抱きそうになる思考を振り払う様に肩を竦め呟けば、
ポップは己の胸をもう一度しみじみと眺め。
今度は酷く嫌そうに表情を歪めた。


「うん・・・・仕方ない。仕方ないのはよーくわかってる。
にしたってさぁ・・・・」


男であった時も、元々そう肉付きの良い方ではなかったのだけれど。
体格は個々の差があるのだとわかっていても、だ。


「・・・・・随分とまぁ控えめなもんだな。」

「激しく余計なお世話だっての!」


もう少しばかり胸の肉くらい付いていたって良いんじゃないだろうかと、
同世代のマァムやレオナの体型を思いつつ呟いていた独り言。
その独り言にひょいと背後から覗き込まれ掛けられたマトリフの返答に、
煩いと喚いてポップは唇を尖らせた。


「ってか俺はこの場合スケベ!とか叫んだほうがいい訳?」

「見られて恥ずかしいと思うんなら叫んだほうが良いんじゃねぇか?
と、そんな事よりお前、回復呪文の掛りが妙に悪いな。」


見られたからと言って焦る訳でもなく悪戯な笑みで問うポップに、
揶揄を返せばマトリフはその胸の僅かに残る火傷の後に、訝しげに眉を顰める。

内臓の傷を優先的に回復したのは確かだが、
あの時レオナやマァムも回復呪文を唱えたのだ。
3人がかりで回復に専念し、それでも傷が完全に癒えていないと言うのはどういう事なのか。

そう訝しげに問いつつも正面に回り胸元の火傷に手を当て。
マトリフが回復のための呪文を唱えれば。
ポップは理由がわかっているのかへらっと笑ってみせる。


「多分、自家中毒起こしてるだけだと思う。
まだホイミも覚えてないのに無理矢理自分で回復したからさ。」


そうでもしなきゃ死んでたんだから仕方ない。
少し寝ればそれも直るさと、そう事も無げに告げるポップに、
マトリフもなりほどと納得した様に呟けば、魔法を中断し手を離す。

契約もしてない以上、例え脳が覚えていたとしてもホイミなどの回復は使えない。
恐らくポップは回復の魔法力を体中に巡らせ、自然治癒を早めたのだろう。
常に己の魔力で内部が満たされている状態では、確かに外部からの治療は効き難い。
だが、それは理論上は不可能でないとしても、
実現するには繊細な魔力のコントロールと知識が必要なもの。


当然と言えば当然だが、知らない内に随分と成長してるもんだ。
そう珍しくも素直に内心で賞賛しつつ、
マトリフは漸く着替えの終わったポップの額を押さえベッドに押し付ける。


「ならとっとと寝るんだな。」


突然のそのマトリフの動きを、
予想していなかった所為か抵抗する間もなくベッドに身体を預け。
ポップは不満そうな表情を隠しもせずマトリフを見上げる。


「まだ・・・・聞きたい事とか色々あんだけどなぁ、俺。
師匠だけ男のままで若返って、ずりぃとか文句も言いたいし。」

「すでに文句言ってんじゃねぇか。」


何処か子供じみた不満を口にするポップの様子に、
大体俺だって若返ったのは想定外だと、ベッドサイドに腰掛け苦笑しながら返せば。
マトリフはやはり身体は疲れているのか、トロトロと心地良い睡魔に襲われ始めたポップの、
その額を軽く小突いてみせる。


「時間が全くねぇ訳じゃないだろうが。
話くらい、起きたら聞いてやるし質問にも答えてやらぁ。」


だから寝ろ。そう言葉を続けられれば、
それもそうかと途切れ途切れに紡ぎ。
ポップは睡魔に身を任せゆっくりと目を閉じた。


to be continued


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