ゆるりゆるりと景色が変わる。
何度も見たくないと願った、
何度も変えたいと願った世界へ。


頬に当たる不確かな風の感覚に、ポップはそっと目を開け。
泣きそうな程に表情を歪めた。

緩やかに変わる景色。
途切れ途切れに変わる物語。


やめてくれ・・・・


苦しさと切なさで痛む胸を押さえポップは小さく呻く。
そんなものは、見せないでくれと。

わかって、いるのだ。
これはただの夢。
かつての自分が経験した、記憶の欠片。
何度も、何度も繰り返し見た決して結果の変わらない、夢。

目を閉じたくても。
顔を背けたくても。

それすら思い通りにならない悪夢。


頼むからと小さく声にならない声でポップは呟く。

頼むから。
お願いだから。
結末を、見せないでくれ、と。

引き裂かれる様な、押し潰される様な。
苦しくて悲しい。
辛くて痛い。
そんな、何度も繰り返された記憶を。
夢の中でまで変えられなかった結末を。
今、見せないで。


自分のしている事が無駄なんじゃないかと、そう思えてしまうから。



進む物語。
決して止まらない過去の記憶。

せめて夢の中だけでも、
無事に帰ってきたアイツと再会したいのに。
そんな小さな願いですら叶わない、
無情の悪夢。


世界が白く染まる、あの瞬間を前に。
唇を噛み締め、耳を押さえ。


もう嫌だ。
そう小さくポップは呟いた。



そうして、どの位そうしてたのだろうか。





何も見たくないと拒絶した世界の遠く、
遙かに遠くから声が聞える。
起きろ。
そう言っている声は聞きなれないのに酷く懐かしく耳に優しい。
その声に後押しされる様にポップは塞いだ耳から手を離し。
その途端、急速に引き上げられる感覚にビクリと身を震わせ、
ポップは目を開けた。


「・・・・・っ、あ・・・・」


痺れるのとはまた違う、力の入らない手でのろのろと起き上がり、
ポップは深く、長く息を零す。
そう長くも短くもない間隔で定期的に見る悪夢は、
夢だとわかっていても辛く、そして遣る瀬無い。

悲しさも悔しさも何処にも吐き出せず、
ただただ胸を苛むその痛みにポップが堪らず両手で顔を覆い蹲れば。


「・・・・起きたか?」


そう静かに掛けられたその声に。
ポップは漸く顔を挙げ視線を声の方向へと向ける。
そして、向けた視線の先にその姿を確認すれば。
ぎゅと唇を噛み締めながら、その手をマトリフへと伸ばした。


「っ・・・・師匠っっ・・・・」







Even if it exceeds a time14








「・・・・・随分とへこんでじゃねぇか。」


縋る様に膝に顔を埋めるポップの背をあやす様に軽く叩き、
例のヤツか?と短く問えば声もなく頷くポップの様子に。
予想通りかと思いつつマトリフは小さく息を吐く。

ダイの・・・・居なくなった時の夢を、見るんだ・・・・

そう弱々しくポップが紡いだのは、今はもうない未来の、
大戦の爪跡がまだ多く残る頃だった。
助ける事も出来ず目の前で親友を失くした事実。
それはポップの心理に大きな打撃を残し度々こうしてポップを苛んだ。
変わらずに背を軽く叩きながら、当然だとそう内心呟いてマトリフはその小さな背を見詰める。


人の死は一部の嗜好の人間を除けば、どれだけ経験しても普通は慣れるものではない。
親しければ親しいだけ。
大切であれば大切なだけ。
己の中でその相手を思えば思うだけ、それを失った時の消失感は大きい。
それが、己のただ一人の親友と決めた相手ならば尚更と言うものだ。


「・・・・・こればっかりは・・・・慣れないんだ・・・」


怖くて辛くて痛い。
それから悲しい。
どう声を掛けようかと考えながらも気の済むまでと縋るポップの背を、
根気良く宥める様に叩き続ければ。
漸く落ち着いてきたポップから紡がれたその言葉に、マトリフは肩を竦める。


「当り前だろうが。」

「これでも少しはさ、強くなったつもりなんだけど。
でも、やっぱりダメだ。」


夢を見た後の遣る瀬無い感情を一人で抑える術を知っている。
事実、師を忘れてからは時を戻るまでずっと一人そうして遣り過ごして来たと言うのに。
今日は特に酷い。
そう呟いてポップが顔を挙げれば、マトリフは呆れた様な表情を浮かべその額を小突く。


「だから、そんなもんは当り前だって言ってるだろうが。
てめぇは今自分が幾つだと思ってやがるんだ?」

「・・・・幾つって・・・・そりゃ今なら・・・・・」


15だと、そう言葉を続けようとして。
そこで初めてマトリフの言葉の意味を理解し、ポップはあぁと小さく肩を落とした。
例え記憶があったとしても、だ。
遣り過ごす術を少しづつ覚えたかつての自分ではない。
自分は今15歳なのだ。
もう一人の師であるアバンを失ったと思った時の衝撃を除けば、
他に大した衝撃もショックもなく安穏と過ごして来たこの頃の自分には。
あの悪夢は一人で抱え込む事が出来ないほど重かったのだろう。

ダイを探しながら30余年を生きた自分の記憶と心が、
15歳のこの身体と心に馴染むのは少しばかり時間が掛かりそうだ。
そんな風に思いながらポップがマトリフを見上げれば、
彼はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべてみせる。


「気付いたか?」

「・・・・・・・気付きました。そりゃもう気付きましたとも。
意地と根性の悪いお師匠様のお陰で、自分がいかに貧相でヘナチョコなガキかをね。」

「ほーお?
自己分析能力はまぁまぁ上がったみてぇだが、
師匠に対する評価と礼儀は相変わらず全然だなぁ?」


身体に教え込んでやろうか?と不穏な笑みを浮かべたまま、
指を鳴らし呟くマトリフのその言葉に、
身体に教える=特訓の図式が脳内で出来上がっているポップは、
絶対に嫌だと言わんばかりに慌てて身体を起こし・・・


「そろそろお邪魔してもいいかしらぁ?」


扉の近くに立ち何処かにやけた様子のレオナと目が合った。


「・・・・・・え、ちょ・・・・いつからっつーか何処からっつーか見てたのかって言うか
そもそも何で姫さんが此処に居るんだ・・・・ってか師匠なんで言ってくれねぇのよ?!」


何処から見ていたのか、それとも初めから居たのか。
まさか、いい歳をして夢で落ち込み師に泣きつく所も見られていたと言うのか。
だとするならば、それは余りに情けない上に恥ずかしい。

予想していなかった出来事に困惑し。
それから気配に全然気付けなかった己に少し落ち込み。
動揺したままマトリフとレオナを交互に見やれば。
ポップの様子に失念していたが、
そう言えばレオナに頼まれ起こしにきたのだったと思い出したマトリフは、
明後日の方向へと視線を向けながら頬を掻きポツりと呟いた。


「・・・・あ〜・・・・・・・・・すっかり忘れてた。」













何はともあれ起こしたのだし、後は勝手に話でも何でもしろ。
そんな横暴な言葉を残しマトリフがさっさと部屋から出て行けば。
なんとも気まずい空気にレオナはコソリと嘆息する。

夜に催される宴は、勇者達への感謝のもの。
そうして自分はその主催の以上、一足先に城に戻らなければならない。
けれど、その前にどうしても自分を助けた代わりに負傷した、
ポップに礼を述べたかったからだ。
だと言うのに、この空気の中では礼を述べるのすら難しい。

まぁでも良いものも見たけど。
そんな風に思えばレオナは先ほどの二人のやり取りに、
ほんの少し頬を緩める。

二人の会話までは聞えなかったけれど、
酷く辛そうな表情だったポップを宥めるマトリフの、纏う空気は酷く穏やかで。
昨日のピリピリとした威圧感など何処にも感じられなかった。
見ている人間の方が、ともすれば頬を緩める様な優しい雰囲気を思い出し、
恋愛に夢を見る年頃のレオナがクスリと忍び笑いを漏らせば。
不貞腐れた様な、決まりの悪そうな、酷く複雑な表情でポップはレオナを軽く睨む。


「顔・・・・・にやけてんだけど。」

「あ、あら?そんな事ないわよっ。
気のせい気のせい。
ちょーっと良いものみたなぁとか思ったなんてそんな事ないわぁ。気のせいよ。」

「・・・趣味悪りぃなぁ、おい。」


人が良い歳して泣きついてる場面など、何がそんなに良いものか。
そう明らかに誤解したまま呆れた眼差しを向けるポップに、
レオナはそう言う意味じゃないのだけれどと思いつつ苦笑を浮かべる。
そうして、レオナが謝罪の言葉を紡げば、ポップは漸く深い溜息を吐き、
ベッドサイドに座り直し視線をレオナへ向けた。


「で。どうした訳?」


何か用事でも?そう簡素に問う言葉は、怒っているからではなく、
何処か決まりが悪そうなもの。
内心の複雑な思いを堪えつつもとりあえずは聞いてくれる様だと思えば、
レオナはうっかり忘れそうになった此処に訪れた本来の目的を遂げるためにゆっくりと言葉を紡ぐ。


「貴方に、お礼を言おうと思ったの。
私は情けない事に気絶をしていたけれど、
あの時、貴方が私達を逃がしてくれなければ、きっと全滅していたから。」


情けなくもフレイザードの攻撃で自分は気を失ったのだけれど、
後にダイ達から話を聞いた時、
彼女が居なければ、自分達は恐らく全滅していただろうと。
例え全滅は免れたとしても、大幅な戦力の低下は免れなかっただろうと。
そう思って驚く以上に鳥肌が立ったのを覚えている。

ましてや彼女は。
勇者の仲間だとは言え、同じ年頃の少女である彼女は。
見ず知らずの人間達を助ける為に尤も危険な役目を担い、
死んでもおかしくない程の怪我を負ったのだ。

だからまず最初に、お礼を言いたかったの。
そう紡いだレオナにベッドサイドに座るポップは困った様に眉を下げ肩を竦める。


「・・・・そんなに大した事した訳でもねぇんだけどぁ・・・・
それにそれを言うならさ。姫さんだって俺を助けに来てくれたじゃねぇか。
礼を言うなら俺の方だと思うんだけど。」


事実、もしあの時何もしなくても。
いずれレオナを助ける未来を知っている。
未来の為にと頭で理解しつつも、
それでもあの時咄嗟にレオナを連れて逃げろと指示したのは。
ただ、自分がもう誰かを失うかもしれない可能性に耐えられなかっただけの話。
己の勝手なエゴなのだ。


「貴方は私達を助ける為に怪我までしたのよ?
助けるのは当然だわ。」


己のそんなエゴを説明する事は出来ない。
けれどこう改まって礼を述べられるのも居た堪れない。
そんな風に思うポップの心情を理解出来る筈もなく、
けれど、酷く困った様子で笑みを浮かべる彼女の姿にレオナがふっと小さく吐息を零す。


「とにかく、本当にありがとう。
そう言いたかったの。」

「ん〜・・・・んじゃ俺からもありがとう。
姫さん達が来てくれなかったら流石に俺もやばかったし。」


がしがしと乱暴に頭を掻きつつもそう礼を重ねるポップの、
何処か照れ臭そうな様子にレオナはクスクスと小さく笑う。

どうにも素直に礼を受け取るのが苦手な様子の彼女の、
その言葉遣いは酷く男っぽいものだが、決して乱暴ではない。
寧ろその言葉遣いは妙に彼女に合っていて、好ましく感じられるくらいだ。


「なんか、ダイ君が羨ましいかも。」


ポツと思わず漏れたレオナの本音に、ポップが首を傾げれば。
言っている言葉の意味がわからないと言わんばかりのその様子に、
レオナはポップの隣に腰掛けながら益々笑みを深める。


「最初に会った時は、ただの頼りない男の子だったのに、
いつの間にかこーんなに頼りがいありそうな仲間まで出来ちゃって。
しっかり勇者してるんだもの。」

「頼りがいありそうって・・・・・・俺が?」

「勿論貴方よ。
それからマァムでしょ?あと島で会った・・・・
えぇと・・・ヒュンケルとクロコダイン?だったかしら?
彼らもダイくん達の仲間よね。」


尤も彼らとはあまり話をする時間もなかったのだけれど、
それもダイを案じ彼と共に戦う姿に、信頼の置ける仲間なのだと感じられた。
強さよりも何よりも、信頼が置ける仲間が居る。
それがとても羨ましい。

国を治める側として人と多く接して来たからこそ。
心から信頼できる事が何より重要だと知っている。
それだけの信頼が、簡単に生まれたものではないとわかっていても、
「姫」として、人の上に立つ事を望まれている自分には、
対等の立場で信頼し助け合える「仲間」が羨ましい。

そうポツポツと紡がれるレオナの言葉を隣で聞けば、
今はない未来にも同じような事を言われたなと思い出しつつポップは肩を竦め苦く笑う。



「仲間かどうかってのは、ダイが決める事だから俺はなんとも言えないけど・・・・
でも、さ。
こんな事言うの、すげぇ俺のキャラじゃないし、すげぇ柄じゃないんだけど。
俺は姫さんみたいな性格嫌いじゃないし、信頼出来ると思ってるし。
あ〜・・・・なんつうか。その・・・・トモダチ・・・にはなりたいと思ったりする訳だ・・・・・」


かつての未来では、当り前の様に共にダイを探し。
時には政務を手伝い、時には共に泣いた、尤も信頼出来る友人だった彼女。
その彼女とは時が違うとわかっていても、同じ人間であるレオナに、
改めてトモダチなどと言う言葉を使うのは、酷く照れ臭い。

そんな風に思いながら、それでも照れ臭そうに紡いだポップの言葉に、
レオナはパチリと目を瞬かせ。
そうして、じわりと胸に染込むその優しい言葉に頬が緩むのを自覚しながら。
やっぱ柄じゃない!と喚きながら視線を逸らし鼻先を指で掻くポップに抱きつく。


「ぬあっ?!」


欲しいのは、対等な友人。
信頼出来る仲間。
一国の姫として生を受けた自分には願っても手に入らなかったソレを、
照れつつもあっさりと与えてくれた新しい友人と。
抱きついた勢いで共にベッドに沈みながらレオナは破顔した。


「貴方って最高だわ!」


to be continued


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