日も落ちすっかり暗くなった闇の。
その中で溢れる賑やかしい声。
予定通りと言うべきか、宣言通りに始められた祝勝会の、
その活気ある賑やかしさに紛れながら、ポップは小さく肩を竦め。
そうして。
時折掛けられる兵士達の礼の言葉に、
内心の居心地の悪さを押し隠し小さく笑って見せながらコソリと嘆息した。
「あ〜・・・・帰りてぇ・・・・・」
誰にも聞かれぬ程の小声で呟き、ポップはワインの入った木杯を傾ける。
この頃の自分は、褒められたり感謝されたりするのが、
照れ臭いけれど決して嫌いではなかった。
寧ろ、褒められれば褒められた分、頑張ろうと思えたはずだと記憶している。
だが今は。
嬉しさ以上に照れ臭さが勝ち、何処か居心地が悪い。
ましてや自分は、褒められるほどの成果など何一つ成していないのだ。
純粋に皆が無事であった事は喜べるが、礼を言われるのは得意ではない。
何時からこんなに自分は捻くれたのだろうかと自嘲しつつ、
壁際に寄りかかりしゃがんでいれば。
ふと目の前に出来た影に気付きポップは見上げる。
「ポップ、まだ怪我が辛いの?」
心配そうな表情を隠しもせず、此方の表情を伺うダイのその言葉に、
ポップは手を伸ばせば、癖のある髪をぐしゃりと掻き混ぜながら立ち上がり、
小さく笑って見せる。
「いや?
調子も万全だし、別に何ともないぜ?
んな事より、フレイザードを倒した勇者様がこんな端っこにいちゃダメだろ。
皆お前にお礼が言いたいって顔してんぞ。」
「・・・・違うと思うけどなぁ・・・・」
ちらちらと此方を見る目があるのは確かだけれど。
それは自分ではなく、多分ポップの方を見ているのだ。
フレイザードを倒した自分よりも、
彼らにとっては自分達の君主を守ってくれたポップの方に礼を言いたいのだろうに。
幼心にも理解出来るその心情を全く気付くでもなく、
遠慮せずに言ってこいと言わんばかりに笑いそう紡ぐポップを、
若干呆れつつ、それでも怪我の方は何ともないのなら良かったとダイが笑みを浮かべれば。
ふと一際賑やかしさがなくなり、シンと周囲が静まり返る。
一体何事かと、突然のことに驚くも、その人の視線の集中する方向へと己も視線を向け。
ダイはあっと小さく声をあげた。
「レオナ・・・・ヒュンケル・・・・」
今は仲間とはいえ、ヒュンケルはパプニカを滅ばした元魔王軍の一人。
そして、レオナはそのパプニカの姫なのだ。
視線の集中する中、向き合う二人のその立場を、
今更ながらに思い出しダイは不安そうに見詰め。
同じ様に視線をそちらへと向けたポップは小さく溜息を零す。
「可哀想に・・・・・」
ポツンと呟かれた言葉は一体誰に向けてのものか。
隣で聞こえたポップのその呟きに、ダイは横目でチラリと視線を向け。
そうして。
眉を寄せたその悲しそうな表情に掛ける言葉を見つけられず、押し黙った。
Even if it exceeds a time15
元魔王軍不死騎団長ヒュンケル。
そう抑揚ない声で紡がれた言葉に、
軽い眩暈を覚えつつレオナは表情を崩さぬ様努めながらぐっと拳を握り締めた。
何処かで。
マァムと共に氷魔塔の下で戦った時に、
初めて彼と会った時に、
何処かで見たような気がしたと感じたのは間違いではなかったのだ。
改心したとは言え、この国を自分の指揮で滅ぼそうとしたのは事実。
幸いにもダイ達の助けになる事も出来た以上、心残りはない。
冷静なそれでいて本当に穏やかな声でそう紡ぐヒュンケルの言葉に嘘は感じられない。
そうして、庇う様にヒュンケルの前に立つダイの様子からも、
彼は本当にアバンの使徒であり、今は勇者の仲間なのだとわかる。
だけれども。
今はダイ達の仲間だとわかっているのだけれども。
爪が喰い込む程に強く、強く握る拳に力を込め。
レオナは静かに息を吐いた。
「貴方は、自分の行いを、悔いているの・・・・ですね。
きちんと罪は罪だと認識しているのですね。」
ゆるりと紡がれた言葉は、問いと言うよりも確認。
揺るがないその瞳の、ダイの仲間である彼が頷くのを見ながら、
レオナはそっと目を伏せる。
此処で。
私情を挟み、父の仇と。
平和だった母国を。
優しかった父を。
返せと喚くのは容易い。
胸中で渦巻く思いを吐き出せば、それで済むのだから。
許さないと、そう言えばそれだけで終わる。
裁きをと目の前に置かれたその剣で、
首を刎ねれば、それで終わるのだ。
けれど。
「元魔王軍不死騎団長ヒュンケル。
パプニカの姫として、このレオナが貴方に裁きを言い渡します。」
恨んでないと言えば嘘になる。
相手にどんな事情があれ、自分にとっては父を殺された仇なのだ。
けれど。
「貴方はこれからの人生を、アバンの使徒として生きる事を命じます。
そうして己を卑下し、生を軽んじる事を禁止します。
正義の使徒として、生きなさい。」
静まり返ったその場所に凛と響くレオナの声。
深い意味を持つその言葉は静まる周囲の人間達にじわりと染込み、
やがて感歎と賞賛と、そして喜びの声が沸きあがる。
「・・・・こんな感じで、如何かしら?」
クスリと悪戯に、普段の通りに笑みを浮かべレオナが問えば。
周囲の声は一層賑やかしさを増し。
良かったと、喜びを顕にするダイやマァム達を、
承知しましたと頭を垂れるヒュンケルを取り巻く。
「良かった。」
そう静かに紡いでレオナはそっと微笑む。
ヒュンケルがダイ達の仲間としてこの国の人間に認められたから、ではない。
そこまでは、まだ思う事が出来ない。
頭では理解していても、だ。
そうではない。
ただ、己が、
感情に支配され私情を挟む様な、
一国の統治者に有るまじき真似をせずに済んだ事が。
良かったと思えた。
そうして憂いもなくなった宴の夜も更け。
ポツポツと眠る人も増えた頃。
グビリと決して上品とは言い難い様子でワインを傾けるレオナに、
苦々しい声が掛かる。
明らかに呆れてるとわかるその声に、ジロリとレオナが軽く睨めば。
声の主であるポップは殊更に苦笑を深めた。
「飲みすぎじゃねぇ?」
「・・・・・あ〜ら。これくらい普通だわよ。」
こんなの水と同じよと言いながらも確実に酩酊状態なレオナは、
その隣に腰を降ろすポップを眺める。
認めたくないが、確実に酔っている自分の隣に、
わざわざ座るのは一体何故なのか?
彼女もまた酔っていて、一緒に飲む相手を求めて此処に来たと言うには、
彼女は冷静すぎるし酔っている様にも見えない。
では一体何故だと言うのだろう?
そこまでは考えられるものの、鈍くなった思考ではそれ以上推し量れる訳もなく。
かと言って一度捕われた思考が簡単に何処か行く訳でもなく。
じっとレオナがポップを見詰めれば、
ソレに気付いたのかポップは木杯を置き小首を傾げて見せた。
「ンなじっと見んなって。
見てて楽しい顔でもねぇっしょ?」
「ん〜・・・・・・・まぁ普通の顔だわね。」
「ヘイヘイ。どうせ平凡ですよ。悪かったですね。
んで、何?」
戯れに手を伸ばしその頬を引っ張れば、
嫌そうにしつつも、酔っ払いはしかたねぇなと苦笑するだけに収めるポップの。
問う言葉にレオナは先程のポップと同じ様に首を傾げて見せる。
何?と聞きたいのは此方の方だ。
「何で、隣に来たの?」
「別に・・・・理由はないけど。
理由がないとダメなのかい?」
「そう言う訳じゃないけど・・・・・
でも酔っ払いにわざわざ絡まれに来るなんて、何か意味があるのかしらって思って。」
「なんだ。自覚あったんじゃん。」
酔っ払いの。
そう揶揄する様にクツクツと笑うポップに、
意地悪ねと憤慨しレオナが頬を膨らませれば。
ポップはそれは酷く穏やかな声で、小さく言の葉を紡いだ。
お疲れさん。
その短い労いの声に、レオナは驚きポップを凝視する。
何の事を、彼女は言っているのだろうか。
宴の準備?
否、そうではない。
宴の準備を労ってくれるのであれば、
別に今でなくてもいい筈だ。
こんな風に、酩酊している自分に。
わざわざ一人になった頃を見計らって、
掛ける言葉ではない筈。
「どう言う意味・・・・・?」
凝視したまま、震える声でレオナは問い掛ける。
それは、自分が思った通りの意味なのだろうかと、そう思いつつ。
理解して欲しい。
けれど、理解しないで欲しい。
姫として公平な裁きをと心がけながら。
それでも、どこかで恨む気持ちがある事を。
ヒュンケルの仲間である、彼女に知られるのは、怖い。
友達になりたいと、照れ臭そうに言ってくれた初めての同性。
そして、ヒュンケルの仲間である人。
酷いと言うだろうか。
酷いとは、言われたくないのだけれども。
気持ちがわかると言うだろうか。
目の前に父の仇が居てそれでも許さなければいけない自分の気持ちを、
わかるとも思えないのだけども。
期待と不安とそれから苛立ちと。
色々と交じり合い上手く表現できない感情のまま、
ポップの答えを待てば。
やがてポップは肩を竦め。
別に、と小さく笑った。
「別に。
ただ、姫さんは、すげぇ頑張ったなって思っただけ。」
「何・・・・を?」
「さぁ?
俺は姫さんじゃないし。
姫さんの、その顔に出てる複雑そうな気持ちなんぞは理解出来ないし。
だけどさ。」
其処まで紡いでポップはレオナの手を指差す。
そうして。
「爪が食い込むくらい、辛い痛い思いをしたんだろ?」
だからお疲れさん。そう笑うポップの言葉に、
ポロリとレオナの目から雫が零れ落ちる。
複雑な己の感情を。
認めてくれている様な気がして。
それで良いのだと。
そう言ってくれた様な気がして。
思わず零れた涙を隠す様に膝を抱えレオナが顔を埋めれば、
ソレを気にした様子もなく、ポップはポツポツと口を開く。
「お疲れさん。」
「・・・・・・・・うん。」
「姫さんは頑張ったよ。」
「・・・・・・・うん。」
「理性と心は別もんだから。
それで当り前なんだから。」
「うん・・・・・」
「大丈夫。姫さんは間違ってないから。」
「うん。」
父親を亡くした子供なら恨むのは当り前。
指導者なら罪を認めた相手に公平な裁きを下すのは当り前。
どちらの自分も間違って、ない。
返事を期待しない独り言の様なポップの言葉は、
ずっと胸に居座り続けた黒い塊がすっと落ちる様な感じがして、
じんわりとささくれた心に染込んでいく。
「お疲れさま。」
「・・・・・・・・・・もっと褒めて。」
甘えた子供の様な言葉だと理解しながらも、
漸く面を上げ肩に額を押し付けるレオナの言葉に、
ポップは小さく苦笑して、それでも望む言葉のために口を開く。
偉いよ。大丈夫だよ。そう囁く声にうん、と短く返事を返し。
レオナは緩やかに吐息を吐く。
事実は消えない。
それでも。
罪は罪だと認めても。
次に目が覚めた時。
彼を心から仲間だと認められる様な気がした。
to be continued
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