部屋中に広がるレオナの柔らかい回復の光。
あれだけ酷かった火傷の跡すら残さず、
元通りの状態へとマリンの顔が戻れば。
遠目でそれを眺めたマァムは小さな吐息を残してその場を後にした。
自分には、何が出来るのだろう。
そう考えながら、マァムは洞窟から程近い海岸沿いをゆるりと歩く。
自分には、何かが足りない。
それは以前から思っていた事だ。
故郷であるネイル村を守るだけならば、
アバンから貰った魔弾銃と回復魔法だけでもやっていけた。
幸いにも攻撃魔法の使い手がいた村は、魔王軍の進行も苛烈ではなく。
一回の戦闘で例え弾を使いきったとしても補充出来たのだから。
だが自分は今、村にいる訳ではない。
これからも戦いは厳しさを増していく。
その時、魔弾銃のストックが切れれば自分は回復に回るしかなくなる。
けれど。
その回復も、ベホマを使える賢者の卵であるレオナには敵わない。
「私には、何が出来るのかしら・・・・」
腰のホルダーに刺さる魔弾銃へ触れながら、マァムは静かに呟く。
皆を、仲間を守りたいと思う。
けれど、今。
自分に何が出来るのか、
このままで良いのか。
わからない。
戦う事は好きではない。
けれど、仲間を守りたい。
仲間を傷つけたくない。
その為に、自分には何が出来るのだろうか。
「私は、皆と戦える・・・?」
そう呟いてマァムは拳を握りしめる。
レオナほど僧侶としての資質もなく。
ダイやヒュンケルほど武器の扱いに長けている訳でもない。
魔弾銃に頼らねば殆ど攻撃も出来ない自分には何が出来るのだろうか。
Even if it exceeds a time16
暫くの間当てもなく海岸沿いで佇めば。
遠方に瞬く魔法の光と人影に気付きマァムは其方へ足を向け歩き出す。
そうして近付くにつれ見え始めたその光景に、
マァムは再び足を止めた。
「わかっちゃいたがヘボい魔法力してんな。おめぇは。」
「うっさい!
自分でも痛感してんだがら言うなっての!」
心持ち呆れた様に、けれど何処か愉快そうに紡ぐマトリフに、
真正面から対峙したポップは額に汗を滲ませながら喚いている。
魔法力を上げる修行の一環であろうソレを見詰め、
マァムは違うと我知らず呟く。
マトリフはヘボと称したが、決してそんな事はない。
妹弟子である彼女の、魔法力は決して低いものではない。
勿論、マトリフに比べれば到底敵わないものだとしても、
その魔法力の高さは最早自分では敵わない。
何時の間にポップはそれだけの力を手に入れたのだろう。
臆病で、誰よりも先に逃げ出そうとしていた子だったのに。
危なっかしいと、そう思っていた子だったのに。
少なくともクロコダインと戦った時は、
彼女は臆病だったと思う。
事実一度は戦う事を放棄し逃げ出したのだから。
結果として戻ってきた彼女だけれども、
それでも、敵が強ければ強いほどに、彼女は臆病な一面を見せていた筈。
ヒュンケルとの戦いでは、
自分は捕まっていた為に詳細はわからないけれど。
彼女はラナ系の魔法を新たに契約しダイにライデインを使わせたと。
逃げるとも逃げたいとも漏らす事無く真正面から対峙したと。
そう聞いた。
あの頃から、少しづつ彼女は成長していたのだろうか。
仲間となってそう何年も経っている訳ではない。
そう長くもない短いとすら言える時間の中、
どんどん強くなっていくその成長は。
一体何処から来るのだろう。
「・・・・・・・・・嫌だな。」
そこまで考えて、マァムは小さく溜息を零す。
ポップが嫌なわけではない。
ただ、理由もわからないけれど、
彼女が羨ましい。
そう思った自分が酷く嫌だと思った。
「あれ・・・・・・?」
マァムの居た位置からは死角になっていた岩場の影で、
マトリフから命じられるままに魔法の基礎の修練をしていたダイは、
ふと何かに気付いたのかキョトンとしたまま声をあげ、
そのままバランスを崩し砂浜に崩れ落ちる。
そうして、顔を顰めながら口に入った砂を吐き出せば、
その様子に気付いたポップがダイに近寄る。
「お前何やってんだ?」
ドジなヤツだなぁと呆れ混じりに紡ぎつつ、差し伸べられたポップの手を掴み、
ダイは起き上がり、だってと小さく口を動かし。
そして何処か困惑気味な浮かべたままダイは岩場を指差した。
「いや、今さ。そこにマァムがいた・・・・みたいなんだけど。」
気配を感じただけだから、絶対とは言い切れないけれど。
確かに、マァムの気配を感じた。
始めは一緒に修行するのかと思ったのだけれどそんな様子もなく。
突然その気配が遠ざかった。
そう告げるダイの言葉に、ポップはあぁと納得したように頷く。
「マァム、何かあったのかな?」
「ん〜・・・・・・色々悩みたいお年頃なんだろ。
ンな顔すんなっての。」
大丈夫だから。そう言葉を続け、
心配そうな顔で自分を覗き込むダイの頭を一撫でしポップは苦笑を浮かべる。
かつてとは違い魔弾銃は壊れなかったけれど、
そう流れが変わっていなければ彼女は今、自分自身の在り方で悩む頃の筈。
あの時は、後に聞けば師の言葉から武道家になる事を決意したと聞いたのだが。
聞いたのだが。
「・・・・・なんだその目は。」
「いや、今の師匠じゃシャレになってねぇなぁと思いまして。」
かつてに比べれば格段に若いこの師が、
胸だか尻だかを鷲掴めば流石に冗談では済まされない。
そんな風に思いつつ、ついつい此方へと近付くマトリフを睨めば、
言葉の意図に気付いたのかマトリフも嫌そうに眉を顰めてみポップの頭を小突く。
「誰がやるか、バカたれ。」
「いでっ!
・・・・もうちょい手加減するとかねぇのかな、この人。
つか、しねぇの?」
「やんねぇって言ってんだろ。
ありゃ年寄りだから冗談で済まされるもんだろうが。」
「いやジジィでもやめた方が良いと思うけ・・・・なんでもねぇです、すいません。
だからそのヒャドをぶつけようとすんのは勘弁して下さい。
つーかアンタのヒャドはヒャダイン級なんだから少しは手加減覚えてください。
大人げねぇなコンチクショウ。」
小突かれた頭を擦りながらアレは冗談で済むレベルじゃなかったと紡げば、
意地悪く笑みを浮かべるマトリフの手に篭る冷気に慌てて弁解し。
序に軽く睨み付けてからポップは一つ溜息を吐き出し、
ダイの頭に置いたままの手を下ろす。
「ま、俺少し休憩してくるわ。」
「おう。」
さっさと行けと言わんばかりに手をひらひらと動かすマトリフに肩を竦め。
それから話に付いていけず疑問符を浮かべるダイへと笑みを見せたポップは、
ゆっくりと踵を返し。
「ねぇマトリフさん。
何を、しないの?」
「あ〜・・・・・・男の浪漫の話だな。
お前も知りたいか?
知りたいなら耳貸せ。」
「え?・・・・・う、うん?」
「いらん事をダイに吹き込むなっ!!!エロ師匠っっ!!!!!!」
背後から聞える不穏な言葉に思わず振り返り、
ニヤニヤと良からぬ笑みを浮かべる師へと火球を投げつけたポップが、
肩を怒らせながら今度こそ歩き出せば。
そのポップの火球を造作もなく受け止めて、
過保護なヤツだとマトリフは愉快そうに肩を揺らし笑った。
カサカサと木々を揺らし、マァムは森の中を歩く。
何処かに行きたかった訳ではない。
だた何処にいれば良いのかが自分自身でわからなかった。
「・・・・私って嫌な子だわ。」
マトリフとポップを見ていて、何故だか羨ましいと思った。
二人の何に羨ましいと思ったかわからないけれど。
酷く羨ましくて嫉ましいと、そう思えた。
そんな自分が嫌で仕方ない。
そう溜息と共に漏らしてマァムはその場にしゃがみ込む。
そうして。
近付くポップの気配に視線を合わせないままマァムはゆっくりと口を開いた。
「・・・・・修行は終わったの?」
「いや。マァムを見かけたから今のうちに魔弾銃の補充しとこうかなって思ってさ。」
「そう・・・ありがとう・・・・・」
何か話さなければ。
そう思えば思う程に上手い言葉が見つからず、マァムは眉を寄せる。
ポップが悪い訳ではないのだ。
ただ、笑って隣に座る彼女を一瞬でも羨ましいと思った所為か、
妙に居心地が悪い。
「ポップは・・・・・良いわよね・・・・」
「何が?」
「攻撃魔法、使えて。マトリフおじさんに修行見て貰って・・・・」
居心地の悪い沈黙に耐え切れずスルリと滑り出した言葉に、
マァムは益々眉間に寄せた皺を深める。
こんな言葉は、彼女を責めている様だ。
ポップが魔法使いなのは、ポップが魔法使いとしての資質があるからで。
自分が僧侶としては半端なのも、攻撃魔法が使えないのも彼女の所為ではないと言うのに。
「・・・魔弾銃がなければ攻撃魔法も使えないし。
回復だってベホマが使えるレオナには敵わない。
皆を守りたいのに・・・・私、凄く中途半端だわ。」
そう呟いて拳を握り締めれば。
真横から聞えるポップの溜息にマァムは僅かに身を硬くする。
呆れただろうか。
それとも嫌なヤツだと思うだろうか。
そう思いながらもソロリと視線を向ければ、
思う以上に真剣なポップの目に、マァムはそのまま動きを止めた。
「魔弾銃、貸してくれるかい?
今のうちに補充するから。」
静かにけれど唐突に告げられた言葉に、
マァムが困惑しつつもそっと腰にある魔弾銃を手渡せば。
ポップは礼を述べながら魔弾銃に撫でる様に触れる。
そうして、魔法を込める為の筒を指先で弄びながらゆっくりと沈黙を打ち破った。
「先生は、何でマァムにコレを渡したんだろうな。」
「それは・・・私がまだ子供で力がなかったからよ。
攻撃魔法が使えない私の為に先生がくれたって話したじゃない。」
忘れたのかと問い掛ける様に首を傾げるマァムに、
ポップはそうじゃないと小さく首を振り。
ならばどういう意味だろうかと益々困惑した表情へと変わるマァムへと苦笑してみせる。
「だって一々補充しなきゃいけないんだぜ?
マァムの村の村長が魔法を使えるから先生は渡したのかもしれないけどさ。
それなら、マァムがわざわざ魔弾銃持って戦う事もないじゃないか。
だって村には攻撃魔法の使い手がいるって事なんだから。」
「それは・・・・だって村長はもう歳も歳だし・・・・
なら私の方が動けるし、怪我をしても回復だって直ぐに出来るし・・・・」
「村長がいくら歳だからって言っても、動けないほどでもなかっただろう?
今よりも全然子供だったマァムが戦う事ないじゃないか。
回復がすぐ出来るって言うなら、
それこそマァムが僧侶として着いて行けばいいだけの話だ。」
「それは・・・・・」
そうではない。
幼い頃から、自分が、村を守りたいと思ってきたのだ。
誰かに強制された訳でもない。
ただ自分が、皆を守りたかっただけ。
それをどう伝えればいいだろう。
ポップの言葉は、確かに正論の一つであって、
けれど、その時村にいなかったからこそ言える言葉でもある。
違うのだと説明したいのだけれど上手く言葉が見つからない。
そんなジレンマに捕われながらマァムが口を開こうとした、それより僅かに先に、
クスリと隣で笑う声が聞こえる。
「・・・・多分、アバン先生は全部わかってて渡したんだろうなぁ。
きっと誰かが危ない真似をするくらいなら自分がやるだろうって。
マァムならきっとそう言うんだろうって、わかってたから。」
だから、渡したんだ。
子供のうちはどうやったって力じゃ大人には敵わない。
それでもマァムは、きっと自分が村を守るんだと言うだろうから。
そう紡いで、それからやっぱり先生は凄いと笑って、
ポップは視線をマァムへと真直ぐ向け、でも、と言葉を続ける。
「でも、もうマァムは小さな子供じゃない。
それから、守るのは仲間じゃない。」
「・・・・ええ、そうね・・・・そうだわ。
私は小さな子供じゃないし・・・・私が守りたいのは仲間じゃないわ。」
大きな吐息と共にマァムはもう一度違うと呟いて微笑む。
一人で村を守るのだと、そう息巻いてた。
守りたいと思っていた。
その気持ちに偽りはない。
けれど今は、村を守りたいだけじゃない。
小さな村を一人で守る事は可能でも。
世界を一人で守る事なんて、出来はしない。
「もう、マァムが一人で全部する必要は、ない。」
「・・・・本当にその通りだわ。」
自分が村を守りたいと思っていた頃は。
攻撃も回復も自分が出来なくてはならなかった。
そうでなければ。
優しい村の人々は、自分も一緒に戦うと、そう言うだろうから。
だけれど今は。
一緒に戦いたいと思える仲間がいるのだ。
守りたい。ではなく。一緒に戦いたい。
そう思える仲間が。
ポップの言葉の意図も、恐らくはそうなのだろうと漸く理解して。
マァムは笑みを深めながら言葉を続ける。
「・・・・全部の事を一人でするなんて、無理な話よね。
レオナは賢者の卵で、ダイは勇者で、ヒュンケルは戦士で。
それから貴方は魔法使い。
皆、違うんだもの。」
「マァムは魔弾銃で攻撃魔法も使える僧侶戦士、だし?」
揶揄する様に紡がれたポップの言葉に、
意地悪ねとほんの少し不貞腐れて肩を竦め。
マァムは魔弾銃へと一度目を向けてから首を横に振ってみせる。
「魔弾銃は、卒業してネイル村に預けようと思うの。
母さんなら使い方もわかるし、もし万が一魔物が村を襲っても安心でしょう?」
「そっか。」
「それから・・・僧侶戦士も卒業するわ。
僧侶になるか戦士になるかはまだ決められないけれど。
でももう、両方な必要はないもの。」
だって私には仲間がいるから。
憂いなくそう言い切るマァムを見れば、再びそうかと呟いて。
ポップは魔弾銃を地面に置き立ち上がる。
その突然の行動に、どうしたのかと不思議そうに見詰めるマァムの視線に気付けば。
ポップは悪戯な笑みを見せた。
「そろそろ修行再開すっかなと思ってね。
何かマァムも意気込んでるし、負けてらんないっしょ?」
ただでさえ弱いのにと肩を竦め。
それから後でなとヒラヒラと手を振り歩き出したポップの背中を見詰め、
マァムは微笑む。
ポップが羨ましいと思えたのは。
彼女が強くなりたいと努力しているのがわかるから。
どうしたら良いのだろうかと、そう悩む自分には迷いなく見えて、
羨ましかった。
わざわざ魔弾銃の補充の為に自分を追いかけて来てくれたのに、
勝手に羨んで気まずい思いをさせて。
それでも笑ってくれたポップには随分嫌な思いをさせてしまったに違いない。
後できちんと謝ろうと思いながらマァムはポップの座っていたあたりに置かれた魔弾銃へと手を伸ばし。
そうして。
「ポップったら・・・・・嘘吐きね。」
魔法の何一つ込められていない空の筒と。
優しい嘘に。
マァムは小さく微笑んで、彼女のあとを追いかける様に走り出した。
to be continued
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