戻る場所は決めていた。
ダイが大魔王バーンを倒し、地上に戻ってくるあの時。
勇者の凱旋に喜び、キルバーンが現われるまでの時間。
あの時に戻りメドローアでキルバーンを消す。
それがポップの目的だった。
だが。
うっすらと見えてきた目的の時間。
その時間が意識を集中させるよりも早く、
『何か』がポップの体を突き飛ばした。
「なっ・・・・・・・?!」
揺れる視界。
翳んでゆくあの時。
薄れる意識。
もう少しで、そこに届くというのに。
「・・・・・・くそっ・・・・たれ・・・・」
それでも俺はダイを諦めない。
消えかける意識の中、
それでもポップは手を伸ばし、
それを掴もうと足掻きながらその意識を手放した。
グラリと揺れた視界の端に黒衣の影を見付けながら。
Even if it exceeds a time3
「なんて事っ!」
少女は揺り椅子の上でガタリと上体を動かし、悲鳴じみた声を上げる。
「ありえないっ!ありえないわっ!
あそこは私のテリトリーだと言うのにっ!!」
何故邪魔が入るというのか。
苛立たしげに唇を噛締め少女は宙を睨み付ける。
時の神が居るのかはわからない。
自分はそれに会った事もない。
そうポップには告げた少女だったが、それは正確ではない。
正体が何かはわからないが、
自分が手を貸し過去に戻った相手の前に、何度かああやって姿を現した者が居た。
そうして、まるで時間の修正など許さないと言わんばかりに邪魔をするのだ。
けれど。
「今回は随分と早いじゃない・・・・・」
ポツリと呟いて、幾分落ち着いたのか少女は揺り椅子に座り直し、
背凭れに体を預けて大仰に息を吐く。
人の生は簡単にやり直せるものではない。
けれど、必死にやり直そうとする姿が好きだった。
失ったものを取り戻そうと、死に物狂いに足掻く姿が好きだった。
一度見た人生を繰り返し見る為に、戻したのではない。
時にどんな夢物語よりも心躍らせる生ある者。
その者達の、違う物語を見る為に戻したのだ。
ゆっくりと意識を集中させて少女はポップの行方を追う。
そうして幸いにもそう遠くない時間に弾かれた様だと知れば、
薄く笑みを作った。
邪魔をさせるつもりはない。
けれど、まぁあの程度時が余計に戻っただけなら。
自分が力を使う必要もないだろう。
「さぁ・・・・頑張って頂戴。」
鑑賞するに値する人生を見せて。
そう呟いて少女は目を閉じた。
突然の閃光が視界を奪う。
意識が浮上すると共に、見えた閃光に咄嗟に目を瞑れば、
ポップは耳に入る幾人かの呻き声にビクリと身を震わせた。
「・・・・・・此処は・・・・」
ゆるゆると収まる閃光に目を開ければ、その景色にポップは小さく呻く。
なんて事だ。
塔を中心に両端に聳え立つ炎と氷の巨大な柱。
確実に落ちている魔法力と筋力。
冷笑を浮べた戦うべき敵。
そして。
懐かしい面々。
焦がれた親友。
手を伸ばせば、触れられると言うのに。
また戦うお前を見る事になるなんて。
自分の戻った時間を把握してポップは唇を噛む。
戦う姿の彼を見たかったのではなかった。
平和を勝ち取り、幸せに笑う姿を見たかっただけだと言うのに。
それでも込み上げる懐かしさをぐっと堪え、ポップは立ち上がる。
悔やむ暇も、懐かしんでる暇もない。
少なくとも今は、目の前の敵を何とかしなければならないのだから。
「これこそ我が氷炎魔団の不敗を支える究極の戦法!
もはやてめえらにゃ全く打つ手ははねぇ!
のたうちまわりながら全滅するしかねえのさ!!」
勝利を確信し高らかに宣言するフレイザードを睨み付けたまま、ポップは舌打ちする。
もし氷炎結界呪法を展開する前であれば、
まだ打つ手があるものの。
こうして結界を張られた今では打てる手は限られている。
どうせ戻るのならばもう少し早い時間に戻してくれれば良かったものをと内心呻きつつ、
ポップはフレイーザドの背後に倒れるレオナを見つける。
そうだ。
このままではレオナが凍らせられるのだ。
少女は言った。
時は同じ道を歩もうとすると。
ならばこのまま例えレオナが凍ったとしても生きている可能性は高い。
けれど。
自分は道を変えようとする者だ。
歴史を知り歩んだ道を逆走している様なもの。
自分が歴史を知るが為に、
レオナの存命が危うくなる可能性もないとは言えないのだ。
何よりも。
大切な仲間がもう一度傷付くところ等見たくはなかった。
フレイザードと対峙するダイを見守りつつポップはマァムの袖を引く。
敵に気付かれない程の小さな動きに、マァムが訝しげに自分を見れば、
ポップは静かにと小さく言葉を続ける。
「・・・・・・・マァム。俺が時間を稼ぐ。その間に姫さんを回収できるか?」
「ポップ?アナタ何を・・・?」
「この結界陣はフレイザード以外の奴の力も魔法も使えなくなる。
あの柱を崩さない事には勝とうなんて無理な話だ。
一度逃げて体制を整えるしかない。
嫌だとは言わせないぞ?」
有無を言わせぬポップの気迫にマァムは黙って頷く。
何故ポップがこの結界を知っているのかは酷く気になるが、
それ以上に戦況が悪い事は事実で。
確かに逃げねば不利となる事は確かだったからだ。
「いいか。合図したらマァムは真直ぐに姫さんの所へ。
んで姫さんを抱えたらダイと一緒に気球に向かうんだ。」
「わかった。でもポップ、アナタは・・・・」
「うわっ!!!!」
どうするの?そう聞くよりも早くダイの声が聞こえる。
フレイザードに剣を弾かれ倒れこむ時に聞こえたその声に、
マァムが視線を向ければ。
ポップは今だと短く叫んだ。
瞬間弾かれたようにマァムが跳躍しレオナの元へと向かう。
「チッ!あの女!!」
此処でパプニカの姫の元へと勇者のパーティを向かわせるのは、得策ではない。
彼女は人質としての価値も高ければ、
万が一の盾としての価値も高いのだ。
特に勇者の動揺を誘うには格好の人材だと、フレイザードは瞬時に判断してした。
ゆえに、フレイザードはダイへの攻撃を中断し、マァムへと手を伸ばす。
だが。
「おおっと。邪魔すんなよなっ!」
「てめえっっ!!!」
伸ばした腕はすんでの所で杖に阻止され、フレイザードは忌々しげにポップを睨んだ。
「クソガキがぁ!
へなちょこの魔法使い如きが俺を抑えられると思ってんのか?!」
「はっ!ガキなのはお互い様だろうがっ!」
渾身の力でフレイザードの腕を押さえ付けながらポップが挑発すれば、
フレイザードは眦を吊り上げる。
怒りを露わに自身を睨むフレイザードの視線を正面から受け止めつつ、
ポップは僅かに視界を動かし、マァムがレオナを抱えダイの元に動くのを見れば、
ニヤリと口角を持ち上げる。
「てめえ。何を知ってやがる・・・・・・・?」
「さぁて。なんだろうな?」
挑発に掛かったフレイザードがカッと目を見開く。
ふざけるなと怒声を放ち凍れる手で杖を吹き飛ばし、燃える手でポップの胸倉を掴む。
「っあぁあああああぁぁぁっっっ!!!」
ジュウっと嫌な音を立て服と皮膚が焼ける。
脂肪と布の焼ける匂いと痛みに堪えきれず悲鳴を零せば、
フレイザードはニタリと邪悪な笑みを浮べる。
「ポップ!!!!!」
「来るなぁぁぁぁ!!!!!」
その悲鳴を聞き短剣を片手に攻撃を繰り出そうとするダイをポップは制す。
そうしてレオナをバダックに渡し終えたマァムへと視線を移し、
ポップは声を張り上げた。
「行け!!!」
「そんなっ?!」
「良いから行け!!このままじゃ全滅だ!!!」
隙を付いて自分も逃げる。
それは最初から決めていた事だったが、それは今ではない。
ギリギリまで敵を引きつける必要があるのだから。
何より思った以上に戦いに体が追い付かない今では一緒に逃げる事など不可能だった。
結界陣があるとは言え、此処まで体力も腕力もなかったかと、
頭の片隅で思いながらもマァムに促せば。
全滅との言葉にマァムはキッと表情を引き締めダイの腕を掴む。
「逃げるわよ!ダイっ!」
「そんな!!嫌だ!!!!
このままじゃポップが!!!!」
「逃げるだとぉ?!
逃がしてたまるかよぉ!!!!!」
ダイとマァムの遣り取りに気付いたフレイザードがポップから腕を離し、
彼らに体を向ける。
パプニカの姫を討ち取りだけではない。
勇者の一味を倒すという手柄を諦めるつもりなど毛頭なかった。
ガンと言う衝撃音と共にマァムがダイを気絶させ抱える。
これ以上口論をする時間も、
頑なに逃げる事を拒むダイを説得する時間もない。
そう判断したマァムの苦肉の策にフレイザードは僅かに目を見張る。
ある意味シビアだが最善の策だ。
瞬時にそれを判断する豪胆さを愉快だと思うが逃がす気もない。
ダイを抱える事で出来た隙を狙い、
フレイザードが火炎呪文を放とうと構える。
だがダイたちへの攻撃を繰り出そうとした瞬間。
ガクンとフレイザードの動くが止まる。
それは背中に生まれた小さな衝撃。
禁呪により生まれた自分には大した事のない微々たる痛み。
だと言うのに動けないのは何故なのか。
ギリリと歯噛みしダイ達の乗り込んだ気球を見逃せば、
フレイザードは声を張り上げ炎魔塔のフレイム軍団を追手に向かわせ、
自らの背中に手を伸ばす。
それは一振りのヒビの入った杖。
それが誰のものであるかは明白で、
フレイザードは再び視線をポップへと戻した。
そうして忌々しげに凍った手でポップの胸倉を掴み持ち上げようと手を伸ばし、
そこで初めてその動きを止める。
「てめえ・・・・・女か?」
確認する様に紡がれたその言葉に、驚いているのはフレイザードだけではない。
寧ろ先程胸倉を掴まれた事によって焦げ、
露わになった胸元に内心驚いているのはポップの方だ。
以前の自分には決してなかったその小さな胸。
それが少女の言っていた『何か』である事はすぐに判断出来た。
そうして、どおりで、と先程からの疑問が解消出来たのか歎息する。
どおりで思った以上に筋力がないわけだ。
元々腕力には自信はなかったが、
それでも男な以上それなりに筋力は付いている筈だった。
勿論結界陣により低下もあっただろうが、
それにしても筋力がなさ過ぎだと思っていたのだが、
女であればそれも仕方がない事だ。
「俺が男でも女でも、お前にゃ関係ないだろうが。」
「そりゃそうだ。戦いに男も女も関係ねえ。
だがお前の仲間はどうなんだろうなあ?
女と知って捨石にする程、非人情なヤツラにゃ見えねぇがな。」
まんまと勇者を逃がした腹いせなのか、フレイザードがニタリと揶揄する様に笑みを深めると
ポップは僅かに動揺する。
が、ニヤニヤと笑みを深めるフレイザードがそれに気付いた様子もなく、
再度どうなんだと問いかければ、
ポップもまた笑みを浮べた。
「生まれたてのお前に俺らの絆はわかんねぇよ、クソガキ。」
その瞬間、フレイザードの拳がポップの腹に直撃する。
堪らず体を折り曲げ呻くポップに、フレイザードの怒声が届いた。
「おめえ何処まで知ってんだぁ?
俺が生まれて、そう長くもねえ事をなんで知ってやがるっ?!」
腹を押さえ痛みに堪えながらそれでも皮肉な笑いを浮べれば、
その屈辱にフレイザードの怒りが募る。
丸めた体に降り注ぐ蹴りに耐えつつポップはヤバイなと唇を噛締めた。
勿論ポップとしてもこのままやられっぱなしでいるつもりはない。
隙を見て脱出するつもりでそれなりに手も打っている。
だが、誤算であったのは自分が女だと言う事。
男であれば、それなりに攻撃を喰らっても耐えられるだけの体力があった。
けれど女の身であれば、その体力に違いが出て来てしまう。
まだ・・・か?
小さく呟いてポップは一方的な攻撃の続く中、宙を見上げる。
そこにはフレイムに纏わり付かれ燃え出す気球が見えた。
一瞬。
ほんの一瞬だけで良いのだ。
核に傷が付けば結界は僅かでも緩む筈。
そうすればルーラで逃げ出す事は可能な筈だった。
そのための布石もうってある。
先程フレイザードの背中に突き刺した杖。
その杖の先端に杖の宝石を砕き欠片を埋め込んだ。
それは今もフレイザードの体の中に留まっている筈。
あとはそれに向かい魔力を放てば良いのだ。
たとえ封じられていても、それは魔法だけの事。
弱くなっているとは言え、魔力の全てを封じる事は出来ないのだから。
けれど、今此処で逃げ出せば、怒り狂ったフレイザードがダイ達へと直接向かう可能性がある。
そうなっては元も子もない。
寧ろ足場の悪い空で戦う術などなく全滅する可能性すらあるのだ。
それだけは嫌だった。
そんな事になれば、何の為に自分は過去に戻ったと言うのか。
込み上げる吐き気と鉄錆の味に唇を咬み、ポップは握り締めた拳に魔力を込めながら時を待つ。
やらねばならぬ事がある。
それまで死ぬ気はさらさらないのだから。
だから。
「これでも・・・・喰らえ・・・くそったれ・・・・」
漸く見える範囲から気球が消えた事を確認すれば、
目印となる宝石の欠片にポップはありったけの魔力を注ぎ込んだ。
「うがぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁあっっ!!!!」
一瞬の光と轟音。
響きわたるフレイザードの絶叫を尻目にポップはふらつきながらも立ち上がり、
ざまぁみろと笑って小さく塔の外へと身を躍らせた。
「・・・・・クソっ・・・・・クソがぁあぁぁっ!!!」
外傷ではなく、体の中を駆け巡る痛みに荒く息を吐きフレイザードは絶叫する。
そうして腹立ち紛れに近くにいたフレイルを握り潰し、
忌々しげに塔の下を睨み付けた。
「何モンだ・・・・あのガキ・・・・」
背中に刺した杖もただ闇雲に刺した訳ではない。
恐らく己の核を狙い刺したのだ。
そうして挑発し自分に注意を向け仲間が逃げるのをただ待った。
それは説明するのは簡単な事。
けれど行なうのは決して簡単な事ではない。
自分の攻撃に耐えながらもチャンスを待つ度胸は褒め称えて良いくらいだった。
だが。
まだ甘い。
そう呟いてフレイザードは冷笑を浮べる。
自分が与えたダメージは決して浅くない。
寧ろ深いものだと言う事を確信していた。
何故ならば、あの魔法使いはルーラを使わなかった。
そう。
呪文を唱える事が出来ない位には深いダメージだったと言う事だ。
何処に逃げ身を隠したかは知らないが、それでもこの島の中にいる事は容易に想像でき。
仲間とは合流できまい。
そして彼らの仲間は。
例え罠とわかっていても仲間を見殺しには出来ない。
ならば罠を張り呼び出してやれば良いだけの話。
まだ自分に分がある。
込み上げる衝動のままにフライザードは高らかに笑い続けた。
次に勇者達が上陸した時こそ、彼らの最期の時だと思いながら。
to be continued
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