「マトリフおじさんっ!!」


あわやバルジの大渦に飲まれると言う時に放たれた閃光の場所を目指し、
マァム達がその洞窟へと足を運べば見えるのは一人分の影と後姿。
30代前半か、またはそれ以上に若いのか。
ただならぬ風格を纏わせる後ろ姿に誰もが戸惑う中。
マァムだけがその人物を見つけると歓喜の表情を浮べた。

その声を耳にし、マトリフもまた何食わぬ顔で振り返り、久しぶりだなと笑って見せる。
が、マァムの連れてきた一行の様子にその表情は一変した。


「・・・・・・・どういう事だ?」


ポツンと紡ぐマトリフの言葉にマァムが訝しげに問い返すが、
マトリフにしてみればそれ所ではなかった。

この場所に来るべき筈の人間が違っているのだから。

そう。
以前此処に来たのは傷付いた兵士達と三賢者。
そしてバダックとダイ達アバンの使徒の筈。
なのに何故、今レオナが此処に居て、彼が此処に居ないのか。


時の介入か、それとも歴史を知る自分がいる為に変わったのかはわからない。
けれど、もはや自分の知る過去ではない事を知ったマトリフは、苛立たしげに舌打ちする。
そうして、自分の紹介をするマァムを他所に愛用の揺り椅子に座れば、
想像以上に若い己を見て戸惑う他の人間を一睨みし、
マトリフは不機嫌そうに言葉を紡いだ。


「何があったか話してみろ。」




Even if it exceeds a time4






「なるほどな・・・・・・」


何故ポップがそんな行動をしたのかまでは計り知れないが、
レオナの代わりにポップが捕らえられた。
その一点には渋々ながらも納得が言ったのか、
マァムの説明にマトリフは深く溜息を零して頷いた。


「お願い!マトリフおじさん!!
ポップを助ける為に力を貸して!!!」


縋る様にそう言葉を紡ぐマァムに、マトリフはほんの一瞬だけ躊躇う。
本来なら、ダイやマァムのレベルアップの為にも自分は此処で一度は断るつもりだった。
実際以前なら断っていたのだ。

だが、捕まったのはパプニカの姫ではなく。
自分がただ一人認めた弟子。
しかも聞いた話では決して軽症では済まされないだろう事は想像できた。

暫く続く沈黙を否定と取ったのか、マァムはもう一度お願いと言葉を続ける。
ここで彼がYESと言わなければ、
自分達だけで乗り込み戦わなくてはいけなくなる。

ダイや自分は戦う事を拒否する事はないだろう。
けれど、あの凶悪なまでの強さを見せ付けられた今、
パプニカの兵士や三賢者が共に戦ってくれる保障などない事をマァム理解していた。
自分達の君主を守る為ならいざ知らず、
彼は勇者の仲間とは言え彼らに直接の拘りはないのだから。

もし仮に、共に戦ってくれると言ったとしても。
負傷者の方が多い中で戦力となるものは少ない上に、
フレイザードが行なった結界陣を打ち砕く為の知識は自分達にない。


「お願いよ・・・・・」

「俺からもお願いします!!!」


突然聞こえた声にはっとしてマァムが振り返れば、
いつの間にか目を覚ましたのかダイがじっとマトリフを見詰める。
そして、それに続くかの様に別方向からもお願いしますと声が続いた。


「私からもお願いします。」

「レオナ!!!」


その声にダイは瞬間的に目を輝かせレオナの元へと駆け寄る。
そうして、大丈夫かと気遣うダイに平気よと頷いて見せてから、
彼女は真直ぐにマトリフに視線を向けた。


「貴方が大魔道士マトリフですね。
噂だけなら父から聞きました。
貴方が酷く人嫌いで、人と拘らないでいる事も。
かつてパプニカに仕えて欲しいと願った時、同様の理由で断られた事も。
けれど、今の非常事態どうか力を貸して頂く訳にはいきませんか?」


勿論、私も彼を助けに行きます。
そう続けたレオナの言葉に、エイミから短く静止の声があがる。
君主たる彼女を危険な場所へと向かわせたくないのは当然の事。
だが、それでもレオナは頑として譲らず言葉を続ければ、
マトリフは小さく笑った。


「まぁ落ち着きな。誰も手を貸さないなんて言った憶えはねぇ。」

「おじさん!!」


良かったと安堵の声を漏らす面々に不敵に口角を持ち上げれば、
マトリフはチラリと一度塔の方向を睨み付け、
そうしてレオナやダイ達が首を傾げるのを他所に言い放つ。


「手を貸してやる。
俺にも少しばかりムカつく事が出来たからな。」








痛みと出血から霞む意識を何とか保ち、
ポップは森の中を引き摺る様に歩く。
そうして塔が小さく見えるくらいの位置までくれば、漸く足を止めその場に座り込んだ。


「・・・・・・まいったなぁ・・・・・」


近くにある大きな古木に背中を預け、ポップは小さく呟く。
呟くと同時に込み上げた吐き気に堪えきれず、二度三度咳をすれば、
コフッと音を立て鮮血が飛び散った。
口端を拭い、ポップは深く溜息を零す。

全くもって計算違いも良い所だ。
そう思えば段々と激しくなる痛みに体を丸め、ただ痛みを堪える。

記憶があったとしても、経験は体に蓄積されるものだ。
脳があらゆる呪文を覚えていたとしても、
レベルが追い付かない以上、それは使える筈もない。
何より、自分は今まだ回復魔法の契約すらしていないのだ。


「・・・・・契約してないで・・・・・魔法って使えんのかね・・・・?」


尤も、使えたとしても結界陣がある今、回復の量など微々たるものだけれど。
両手に込めた魔法力を、記憶にある回復魔法の質に変え腹に押し当てれば、
本当に僅かだが和らぐ痛みに、ポップはゆっくりと息を吐く。


あの時、邪魔をした黒衣の影。
変化した自分の体。
そして戻りすぎた時間。

考える事は山の様にある。
結界陣が張られ、己の魔法など役に立たない今、
その思考まで痛み如きで止めている場合ではない。

少女は言った。
自分は妨害をしないと。
するのは戻る時に『何か』を加えるだけだと。

ならば自分が今『女』に変化した事こそが、
その『何か』なのだろう。
では、邪魔をした影は一体なんなのだろうか?
あれこそが、彼女の言った時間からの妨害だと言うのか。


「・・・・ぜんっぜん・・・わかんね・・・・」


何しろ手にある情報が少なすぎる。
せめて、共に推測してくれる誰かがいたら。
そう考えてポップは自分の甘さに、苦く笑う。

自分一人が、未来を知っている。
その未来を変える為だけに、
自分は過去まで来たのではないか。


「冷静に・・・・クールに。」


その言葉を呪文の様に繰り返し、ポップは目を閉じる。
自分は大魔道士なのだから。
この程度の想定外の出来事で、
冷静さを欠く訳にはいかない。

そんな情けない真似をすれば、『   』の弟子などと言えはしない。


「・・・・・・・・・・・誰の?」


自分は今、誰の弟子と言おうとした?
咄嗟に思い浮かんだ名前は、確かに脳に浮かんだのに、
言葉には出来ない。
自分の師はこの世でただ一人な筈なのに、
浮かんだのは別の名前。
訝しげにもう一度その名前を巡らせれば、
突然襲う頭痛にポップは小さく悲鳴をあげる。


「うぁっ・・・・・・・!」


堪らず手を腹部から離し、米神を押さえ呻く。
チガウ。
そう自分の中の何かが警告を続けている。


「・・・アバン先生だけじゃない・・・・」


そうじゃない。
先生と呼ぶのはこの世で一人だけれど。
自分にはもう一人師がいた。
そう、居たのだ。

何故忘れていた?
少女に会うまでの間自分が拠点としていたのは。
元々『  』が住んでいた洞窟ではないか。

メドローアも、ベタンも。
『  』に教わった呪文だったではないか。

『  』の弟子だからこそ。
自分は二代目大魔道士と名乗ったのではないか。


走馬灯の様に『  』の姿が、
思い出が脳裏を駆け巡る。


『存在しない以上、痕跡もないわね。
誰もキミを知らないし、キミが生きたって証拠もない。』


それは少女が時を戻る自分に言った言葉。
突然思い出したその言葉に、ポップは頭痛に呻きながらあぁと小さく声を漏らす。

高齢だった『  』を、看取った思い出などない。
あれだけ、尊敬した『  』を、忘れる訳がない。


そうだ。
彼は言ったではないか。
必ずダイに会わせてやると。
長くダイを探し、その洞窟に戻るたびに。
心配するなと笑ったではないか。

何時だって背中を押してくれる大切な師。
その名は。


「マトリフ・・・・師匠・・・・」


段々と酷くなる頭痛と、
腹部の痛み。
脂汗を滲ませながらポップは全てを思い出し、
その場に崩れ落ちる。
漸く思い出した師の名前を呼びながら。



to be continued



戻る