その声が聞こえたのは。
ダイ達がマトリフに助けられてからそう間もない頃。
ダイへと目隠しをしたままの剣の修練を伝えてる時だった。
「アバンの使徒のガキどもっ!!
いつまでコソコソ逃げ回ってやがるんだよぉ?!」
悪魔の目玉を介し聞こえるその声に、洞窟から様子を伺いながら
マトリフは小さく舌打ちする。
かつてパプニカの王女が囚われた時にも聞いた声。
それが今は酷く苛立たしく感じられて。
それでも。
聞こえるその声に洞窟から飛び出そうとするダイを何とか押し留め、
睨む様に悪魔の目玉を見るだけに留まれば、
まるで嘲る様なフレイザードの声が続く。
「てめえら、お姫サマを助けられたからって安心してる訳じゃねえよなぁ?!
まだお仲間が一人こっちにいるんだぜ?
お姫サマの代わりによぉ!
尤も、てめえらがびびって逃げるってんなら俺が殺すだけだけどなぁ!」
既にポップが逃げている事など億尾にも出さず、
ゲラゲラと嘲笑し挑発するフレイザードの声にダイ達がギリギリと歯噛みする中、
フレイザードの声は更に続く。
「潰れた内臓で、たかが魔法使いが何時までもつかな?
見殺しにしてえなら話は別だが、助けてえならサッサと来いよっ!!
じゃねぇと・・・・・まじで死んじまうかもなぁ・・・・・?
ヒャーハハハハハハハハハハッ!!!!!」
フレイザードの嘲笑が消えれば、洞窟の中はシンッと波が引いたかの様に静まり返る。
絶対に助けると怒りに拳を握り締めるダイが呟けば、一同もまた頷く。
だからこそ、気付かなかった。
高まる士気の中、マトリフだけが悪魔の目玉を睨んだまま動かない事に。
そうしてポツリと紡がれた言葉に。
「・・・・・アレに万が一があったら殺すだけじゃすまさねぇ・・・・」
Even if it exceeds a time5
「攻め込むのは夜だ。」
悪魔の目玉からの声が途切れ、
暫くの沈黙の後にマトリフの言葉が洞窟内に響く。
一見冷静な、それでいて他の意見は聞かないと言わんばかりにきっぱりと言い切るその姿に、
そんな!とダイが声を荒げた。
「それじゃポップはどうなるって言うんだよ!!」
「あぁ?」
「フレイザードだって言ってたじゃないか!
見殺しにする気かって!
もしポップが本当に怪我してるなら早く助けに行かなくちゃ!!!」
夜襲の方が有利なのは少し考えればわかる。
けれど、フレイザードの言葉を信じるのならば、
ポップは危険な状態なのだ。
なるべく早く。
いや、一刻も早く助けに行かねばならない。
そんな使命感とも危機感とも付かない感情のままダイがマトリフを睨み付ける。
けれど。
「駄目だな。決行は夜。それは譲れねぇ。」
己を睨むダイの眼差しを真正面から受け止め、
それでもマトリフの言葉は変わらない。
「ポップは俺の仲間なんだ!!」
「だからどうした?」
「っ!怪我をしてるなら今すぐにでも助けに行かないと!
ポップが・・・ポップが死んじゃったらどうするんだよっ!?」
死なれたくない。
二度と目の前で誰かを失いたくない。
目の前でアバンが散った時の様な思いはしたくない。
そんな思いでダイが叫べば、マトリフは静かに歎息する。
そうして、ゆっくりと口を開いた。
「死んだらアレはそこまでだった。
それだけの話でしかない。」
冷酷な響き。
断言されたその言葉にダイの怒りは頂点に達した。
ギリッと拳を握り締め、マトリフに飛び掛る。
「ダイっ!!!」
「ダイ君っ!」
周囲の静止の声が掛かるのは理解できたが、
止める事など出来そうもなかった。
湧き上がる怒りに任せダイが突き出した拳を、
マトリフは身を捩るだけであっさりと避ける。
それは当然といえば当然の事。
感情に任せ真直ぐに打ち込まれる拳など、
軌道を読むのは簡単なのだから。
ダイも避けられた事を悟れば、一度着地し態勢を立て直す。
そうして再び構え様とした瞬間、
いつの間にか移動し、目の前に立つマトリフに頬を張られた。
パンと小気味良いまでの音が洞窟内に響く。
小さなその痛みに何をすると声を上げるより早く、
ダイの胸倉を掴みマトリフが口を開いた。
「今行って、お前に何が出来る?
何の準備もしてないままフレイザードの誘いに乗って。
お前に何が出来る?
魔力も回復してないお前の仲間に何が出来る?
出来ねぇよな?
良くて返り討ち、悪けりゃ全滅だ。
そうなりゃ・・・・誰が一番悲しむ?」
「そっ・・・・それは・・・・・」
「アレに決まってるよな?
お前等もそうだが、アレも殊更甘い奴だ。
自分がミスったせいだと泣くだろう。
尤も、今から攻め込んで失敗すりゃアレも助かる道はねぇ。
泣くより先にくたばるだろうがな。」
ゆっくりと紡がれるその言葉に。
ダイは反論出来ず黙ってその言葉を聞く。
マトリフの言葉は正しい。
確かに何の準備をしないままに救出に向かえば、
共倒れになる可能性がある。
けれど、心配なのだ。
このまま時間を過ごす事が辛いのだ。
幾ら正論と言えども、
リスクがあれども、
早く助けに行きたい。
それがダイの正直な気持ちだった。
「信じろ。」
短く呟かれたその言葉にダイが顔を上げる。
いつの間にか胸倉を捕んだ手は離され、
変わりにその手はダイの頭の置かれていた。
「アレは簡単に死なない。」
「うん。」
「アレを信じろ。」
もう一度呟かれた同じ言葉に。
その眼差しに。
ダイは漸く頷いた。
彼もまた、ポップを心配してるのだと知ったから。
「ダイくん。」
小さく掛けられたその声にダイは目隠しを取り振り返る。
日が落ちるまでもう少し。
本来ならば決行に備え体を休めなければならないのに、
未だに体を動かしている事に、僅かにバツが悪そうに頭を掻けば。
レオナは小さく笑った。
「怒られちゃったね。」
何時までも休まないダイを咎めるでもなく、
ただ休憩しましょうと紡いだレオナに従い座れば。
続いたその言葉にダイは苦く笑う。
「うん。でもあれは俺が悪かったんだ。
助けに行って全滅したんじゃ話にならないもんね。」
「そうねぇ。それは確かに情けないし格好悪いわよね。」
クスクスと揶揄する様に軽く笑うレオナに、ダイは本当だねと笑みを返す。
僅かに照れ臭そうに、けれど焦りは見えないその様子に、
良かったと小さく零せば、ダイの耳にもそれは聞こえたのかダイは小さく首を捻る。
「何か言った?」
「ううん。なんでもないの。
でもあれよね。マトリフさんの言い方も悪いわよね。
あの言い方だと見捨てるみたいに聞こえちゃうもの。」
「うん・・・・でもさ・・・・」
肩を竦め呟いたレオナの言葉に、頷きつつダイは語尾を濁す。
確かに冷たいと思ったのは事実だ。
現に自分はその言い方に腹を立てたのだから。
正論とは言え、その突き放すような言い方に怒りを覚えたのは事実。
でも、とダイは思う。
あの時とは違い少しは落ち着いた感情の今だからわかる事もあった。
彼の真剣な眼差しは少し揺れていなかっただろうか。
自分も胸倉を掴む手は僅かだが震えていなかっただろうか。
それはきっと湧き上がる感情を、必死で押さえていたからに違いないのだ。
「マトリフさんも・・・・凄く心配してるんだって言うのは伝わってきた。」
「そうなんだ・・・・」
その真剣なダイの響きにレオナもまた相槌を打てば、
彼女はふと脳裏に浮かんだ疑問に首を傾げる。
人差し指を頬に当て悩むその姿にダイが気付けば、
レオナはねぇと言葉を続けた。
「ところで、マトリフさんと彼って知り合いなの?」
「彼・・・・・?あぁ、ポップの事?」
「そうよ。だっていかにも知ってますみたいな話し方だったじゃない。」
「うーん・・・・俺は聞いてないけど・・・
でもポップってアバン先生の弟子になって長いみたいだし。
って言うかレオナ。さっきも思ったんだけど何でポップが彼なの?」
「・・・・?
彼は彼でしょう?
あぁ・・・名前で言うならポップくんよね?」
「くん・・・・?
いやまぁポップはポップなんだけど・・・・」
微妙な食い違いを感じつつもそれをどう説明して良いのかわからず、
曖昧にダイが頬を掻けばレオナもまた不思議そうに、小首を傾げて見せる。
そんな時、背後から掛かる己たちを呼ぶ声に、二人は振り返った。
「ダイ、レオナ姫。
マトリフさんが呼んでるわ。
時間だって!」
迎えに来たマァムのその言葉に、二人の表情が引き締まる。
立ち上がり、空を見上げれば夕日はもう殆ど姿を隠し、
闇が迫ってきていた。
「必ず、助けましょう。」
静かな、けれどしっかりとしたレオナの決意の声に、
ダイもマァムも頷く。
無事でいて欲しい。
それはこの場にいる全員の願い。
「行こう。」
そう短く呟いたダイの言葉に従うように、
彼等はマトリフの待つ場所へと歩き出した。
to be continued
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