ヌルリと口元が湿った感触にポップは目を覚ます。
それが己の吐き出した血だとわかれば小さく舌打ちし、
ポップはゆっくりと痛む身体を起こし木の畝に寄りかかった。
律儀にも覚醒と同時に襲ってくる痛みは健在だが、
ポップにしてみれば寧ろそれはありがたかった。
少なくとも、この鈍い痛みが続く限り気を失うことは避けられるのだから。
気を失うまでと同じ様に、魔力の質を回復のものに変え、
尤も損傷の激しいと思われる腹部に当てながら、
ポップは緩慢に周囲を見渡す。
詳しい時間はわからない。
けれど、夕闇に侵食されている事を知れば、
ポップは大きく息を吐いた。
まだ何処にも攻撃の音は響いていない。
と言う事は、攻撃の音で目覚める様な間抜けな真似はしないで済んだ様だ。
「本当にこの頃の俺って情けねぇ・・・・・・」
ポツンと呟いて、ポップは空を見上げる。
ダイを助ける為に過去に戻ったというのにこの様は何だろう。
一歩間違えば死ぬ所だった自分の醜態がつくづく情けない。
正直、今の自分の魔力は弱く。
先程のフレイザードとの攻防で殆どの魔力を失っていた。
加えて僅かに残る魔力ですら回復に充てて、
それでも動くことすらままならないこの状況では、
足手まとい以外の何者でもない。
「ま、今言っても仕方ねぇんだけどさ。」
自嘲気味に笑いながらポップは痛みを押して立ち上がる。
恐らく、フレイザードは自分をダシにダイ達を呼び寄せているだろう。
かつてレオナをダシにした様に。
最悪の場合は、自分が奴らに捕らわれているくらいの吹聴はするだろう。
否、多分そうしている。
それが尤も効果的である事を、
そしてフレイザードが狡猾である事を知っているポップにはそれが容易に想像出来た。
だからこそ行かねばならない。
自分が捕らわれている事によって、
彼等が焦る事だけは避けたかったから。
Even if it exceeds a time6
ザザッと寄せては返す波の音が響く中。
ダイ達は声を殺しその場に立つ。
すなわち、フレイザードの結界陣の中へと。
その場に立つのはマトリフとダイとレオナとマァム。
この四人だけ。
大人数で攻め込むのは夜襲では得策ではなく。
尚且つ、前の戦いで怪我人が多く居る以上回復にも人を回さねばならない。
そう判断した上でのメンバーだった。
「来る前にも言ったが、この結界陣は機能するだけなら一本でも充分事足りる。
面倒だが両方壊すしかねぇ。
敵の戦力がわからない以上、
戦力を分担する事はなるべくなら避けたいがそうも言ってられねぇ。」
この意味がわかるな?
マトリフがそう問えば、三人は頷く。
そうしてダイがフレイザードの居る塔を見上げながら口を開いた。
「二手に別れて行こう。
早く柱を壊して塔に、ポップの所に行かなきゃ。」
「そうね、でもどうやって別れる?」
バダックが作った爆弾は二つしかないのだ。
確実に破壊する為には万が一の失敗もあってはならない。
なればこそ組み分けは慎重に行なう必要がある。
そう紡ぐレオナの言葉に視線は自然とマトリフに向かう。
アバンと戦った彼なら。
確実な判断を下してくれると信じて。
だが、マトリフは何も言わない。
早く決めろと言わんばかりに腕を組み黙っているだけ。
「マトリフおじさん。
どうしたら良いと思う?」
おずおずとマァムが問いかければ、
マトリフは眉間に皺を寄せ大仰に溜息を吐いてみせる。
そうして溜息と共に吐き出された言葉は酷く冷たい。
「俺に聞くな。
俺が居なけりゃお前等はどうしてた?
勘違いするなよ?
今回は個人的な用事もあって協力してるが俺はお前等の仲間じゃねぇんだ。
俺に頼るんじゃねぇ。」
わかったら早く決めろと高慢に言い放つ姿に、
思わずマァムもむっと表情を歪める。
けれど、それに対し反論するよりも早くダイは口を開いた。
「俺とマトリフさん、マァムとレオナで別れよう。
マトリフさんが多分一番強いんだろうけど、
この結界陣の中じゃ全体的にレベルが下がるみたいだし、
結界陣が壊れるまで魔法を当てにしない方がいい。
なら、攻撃力のあるマァムと俺は別れた方がいいし、
レオナは賢者だからマァムのサポートも出来ると思うんだ・・・・・けど・・・・
・・・・・どうかな?」
じっと自分を見る三人に表情に僅かに自信なさそうになりながらも、
ダイがそう問えばマトリフは漸く口角を持ち上げクツリと笑う。
「・・・・悪くはねぇな。
だが、もし柱を壊すのを失敗したら、
爆弾なしでこの二人が柱を壊せる術はあるのか?」
「あ・・・・・」
確かにと口篭るダイをマトリフはチラリと一瞥する。
問題点がない訳ではない。
だが、仲間の力量を判断した上での結論ならば、
悪くはない。
実際自分ひとりに柱を一本任せるくらいの決断があっても良かったところだが、
結界陣を考慮に入れ、尚且つ自分の実力を知らない中での判断としては
少々詰めが甘いがそれなりだ。
そう思えばマトリフはまぁと小さく言葉を続ける。
「・・・・・まぁギリギリ合格だな。
爆弾は二つともマァム達に渡す。
流石に二つあれば失敗はないだろうしな。」
「じゃあマトリフさんと俺は炎魔塔を。
マァムとレオナは氷魔塔だ。
二本の柱が壊れて結界が消えたのを確認したら、
バルジ塔へ突っ込むんだ。」
行くぞとマトリフの声が聞こえたのを皮切りに、
4人はそれぞれ駆け出す。
一刻も早く向かわねばならない。
仲間を助ける為に。
木々も草もなくなり岩肌の突出した大地に劫火を伴い聳え立つ柱。
そのほんの少し離れた岩陰からダイはそっと顔を覗かせる。
「フレイムがうようよいる・・・・・」
柱を守る様に無数にうごめく魔物の数にダイは小さく息を呑む。
この程度の数であれば、何とかなる自信はある。
けれど、それだけではないような気がしてザワリと肌が粟立つのだ。
別の何かが居る。
勘か本能かわからないけれど、それはしきりにダイに警告を繰り返していた。
だからといって、此処で足を止める訳にはいかない。
ぎゅっと表情を引き締めダイはフレイムに向かい走り出す。
「アバン流刀殺法海波斬!!!」
ザンと小気味良い音を立てフレイムたちの体を切裂く。
着地すると同時にダイは態勢を立て直し、身を捻れば返す剣で飛び掛るフレイムを往なす。
と同時に背後から声が聞こえる。
「ヒャダイン!!」
刹那、冷たい風と共に氷の粒が舞い散り、周囲のフレイムが粉々に砕ける。
ざっと砂埃を巻き上げ隣に立つその姿にダイが小さく感嘆の声を上げれば、
マトリフはそれを一瞥し、逃げの体制をとるフレイム達を睨むように見据えた。
「・・・・・・・・・・・・・・・罠だな、こりゃ。」
さして驚いた様子もなく呟かれたその言葉に、
ダイもまた頷く。
あまりにこれでは簡単すぎるのだ。
そんな気がしていた。
そうダイが言葉を紡ごうと口を開くも、
その瞬間突然現われた大量の気配に気付き、
ダイは身構える。
夥しい数の魔道士と彷徨う鎧。
明らかにフレイザードの部下ではないその魔物の姿に
ぎゅっと剣を握る力を込めれば、
空にイヤミな笑い声が響く。
「キィ〜〜〜〜ヒッヒッヒッヒッ!!!!」
「なんだ?!
お前等は!!!!」
素早く声の方向を割り出し、そこへ視線を向ければ
卑下た笑みを浮かべ見下ろす小さな魔物と、
白いローブを羽織る魔物。
只者でない事は人目でわかった。
ジリと焦りの色を滲ませながらダイが二体の魔物を睨み付ければ、
隣から小さく舌打ちが聞こえる。
「ワシは魔王軍、妖魔士団長ザボエラ!!
こやつは魔影軍団長ミストバーン!!!
貴様等が二手に分かれて塔を破壊しようとしている事はわかっておった。
目障りな貴様等達をこの気に乗じて一気に始末しようと言うわけじゃよぉ・・・・・」
クフフと嘲笑するザボエラにダイははっとする。
一気にという事はレオナやマァム達が向った氷魔塔にも敵が待ち構えていると言う事だ。
ざわざわと胸中を苛立ちが駆け巡るダイの心中を知ってか、
ザボエラはニヤリと笑みを浮かべ高らかに言い放つ。
「いかに勇者達と言えどコレだけの数に一気に押されては手も足も出まい。
魔王軍に刃向かった事を後悔しながら死ねぃ!!!」
号令の様にザボエラが手を振り下ろせば、
ダイたちを囲んでいた魔物が一気に飛び掛る。
剣を交わし、ダイは魔道士にタックルでバランスを崩せば、
チラリとマトリフに視線を向ける。
いくら強いとは言え彼は魔法使いだ。
結界陣の中魔法が使えるだけでも、充分その強さはわかるものの、
肉弾戦を主とする彷徨う鎧達の相手は苦戦するに違いない。
現に、今彼の使う魔法は中級程度のものばかり。
大呪文すら簡単に扱うと聞いたマトリフらしからぬ呪文ばかりだ。
「マトリフさん!!!」
自身を囲む魔道士をなぎ払い高々と跳躍すれば、
ダイはマトリフの隣に立ち並び構える。
そのまるで自分を庇うかの様な立ち振る舞いに、
マトリフはクツリと喉を鳴らし笑う。
「どうする?
この数を倒して柱に向うにゃ、ちとキツイぜ?」
迫る彷徨う鎧の攻撃を軽く避け、
マトリフが挑発的にそう問えばダイはギリっと小さく歯噛みする。
「でも倒さないと柱は壊れない。
柱が壊れないとポップを助けられない。
無茶でも此処を突破するしかない。」
ダイのその迷い内言葉にマトリフの口角が持ち上がる。
そうでなくてはならない。
困難な道にぶち当たろうと、諦めずに向わねばならない。
それでなくてはこの先の戦いを生き抜く事など不可能なのだから。
自分が戦いに加わる事で、
この幼い勇者達が誰かに頼り自分の力で足掻く事を止めてしまう事を危惧したものの、
それが杞憂であったらしいと納得すれば。
マトリフはダイの肩に手を置く。
「あの柱は任せる。
お前が壊して来い。」
「で、でも!それじゃマトリフさんはっ?!」
まさか一人で敵を引き受けるというのか。
そう困惑した表情を浮べるダイの様子にマトリフはふっと鼻を鳴らす。
そうして、その瞬間。
マトリフの両手にバチリと閃光が爆ぜる。
「新米勇者に心配されるほど落ちぶれちゃいねぇぜ?
行け。」
「でも・・・・」
「スカラ。ピリオム。」
ぽぅっと小さな光が自分を包んだかと思えば、
急に体が軽くなる。
それがマトリフの呪文の効果だとわかり、
ダイはマトリフを真直ぐに見詰める。
「行け。」
「はいっ!」
再度紡がれたその言葉に今度は迷いなくダイはマトリフに背を向ける。
そうして一直線に炎魔塔めざし駆け出した。
塔を壊しマトリフの元へ戻る。
それこそが最短の戦い方だとダイは直感したのだ。
そして、走り出したダイを見送り、
マトリフはその視線をザボエラ達に向ける。
「逃がすと思うか!?」
ダイが走り出した途端、ザボエラがその意図を察したのか、
短く吼えその行く手を阻むべく妖魔士団に指示を下す。
が、その妖魔士団がダイを追うよりも早く、
その場に巨大な氷と冷気が降り注いだ。
「行かせると思うか?」
そうマトリフがニヤリと笑えば、
ザボエラの肩がわなわなと怒りで震える。
ダイたち勇者のパーティの中には確かに魔法使いが居るとは聞いていた。
だが、その魔法使いこそが勇者達をおびき寄せる餌であったと言うのに、
何故こんなにも強力な呪文を使えるものが居ると言うのか。
そんな風に忌々しげに睨むザボエラに気付いたのか、
マトリフは浮べた皮肉な笑みを益々深めながら、
ゆっくりと杖を構えた。
その緩慢な動作とは裏腹に鬼気迫る迫力を感じ、
ザボエラが一歩後ろに下がれば、
マトリフは目を細め言い放つ。
「わりぃが急いでんだ。
邪魔をするなら容赦しねぇ。」
to be continued
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