遠く聞こえる衝撃音。
そして、それと共に炎魔塔が消えるのを遠目で確認し、
ポップは小さく息を漏らした。
体中を巡る激痛は変わらない。
けれど、それすら段々と感じなくなってきている。
それは、けっして現状が好転しているのではない事をポップは知っていた。
痛みがあるうちは良い。
痛みでもって意識を保つ事が出来る。
だが、その痛みすら感じる事が出来ないくらいに麻痺しだしたという事は、
血液が足りない事を意味する。
そして、その後に繋がるのは死のみだ。
ずるずると思うように動かなくなりつつある足を動かし、
ポップは中央の塔を目指し歩き続ける。
今立ち止まる事は出来ない。
立ち止まれば、恐らくもう動けない。
だが。
懸命に動こうとするポップの願いを嘲る様に、
進んだ茂みの先で、彼は歩みを止めた。
目前に人影を見つけて。
「・・・・・・・な・・・んで・・・・・?」
その人影にポップは掠れ声で呟く。
彼が此処にいる?
やはり過去を知る自分がいる所為で、
多少なりともズレが生じているのだろうか?
過去では氷魔塔に居たはずなのに。
今は間違いなく敵だと。
そうわかっているのに。
「・・・・・・ハドラー・・・・・」
そう小さく見つけた人影の主の名を呟いて。
ポップは切なげに眉を寄せ。
そして本人すら気付かぬまま小さな笑みを浮べた。
Even if it exceeds a time9
己の名を呼ぶ小さな声に気付き、ハドラーは振り返り。
そうして驚いた表情を隠しもせず、それを凝視した。
そこに、ポップが居たからではない。
ダイ達を取り逃がした際、ポップだけは単独で逃げたと、
事前にフレイザードから聞いていたのだから、此処で会っても驚く事ではない。
そのポップが、己の名を呼んだからでもない。
一瞬。
そうほんの一瞬だけ。
己の名を呼んだポップが、微笑んだから。
咄嗟に動けなかったのだ。
「・・・・・っ!何故貴様が此処に居るっ?!」
僅かの沈黙の後、ハドラーは正気に戻ろうかと言わんばかり首を横に振る。
そうして、茂みの中に立つポップを睨みつければ。
ポップもまた口端を持ち上げニヤリと皮肉に笑って見せた。
「アンタこそ・・・・・なんでこんな場所にお供もナシでいるんだよ?
迷子かい?」
その揶揄にハドラーが低く唸るのを横目で見詰めつつ、
ポップもまた内心で逃げる算段を立て小さく溜息を吐いた。
幸いにと言うべきか、今この場所にはハドラー以外の気配はない。
恐らく、ハドラーの部下とも言えるレッサーデーモン達は先に氷魔塔に向っているのだろう。
以前は自分とマァムが向った氷魔塔に誰が向っているのかはわからないが、
多少手間がかかろうとレッサーデーモンくらいにやられるほど弱い仲間などいない。
ならば、逆にハドラーが此処に居るのは、仲間達にとって好機。
ハドラーさえ居なければ、塔を破壊するのはそう難しくないだろう。
けれど、己のこの状態で足止めをすることはかなり難しい。
それこそ、命を懸ける覚悟さえあれば何とかなるのかもしれないが、
自分には目的があり、こんな所で命を捨てる事など絶対に出来ない。
そして何よりも。
今は敵だとわかっていても、
ハドラーと戦いたくはなかった。
どうするかな。
そうポップが小声で呟けば、それが聞こえたのかハドラーは殊更眉を顰め、
忌々しげにポップを睨み付ける。
「・・・・・なにをどうすると言うのだ。
まさかお前如き惰弱な人間が俺と戦おうとでも言うのか。」
「まさか。
見りゃわかるだろ?
俺は今アンタと戦えるほど万全じゃねぇの。
つうか、アンタとは戦いたくねぇし。」
荒く呼吸を繰り返しながらも、冗談交じりにポップが肩を竦めれば。
その言葉を、自分には勝てないと取ったのか、
ハドラーは僅かに気を良くした様に皮肉げに口角を持ち上げる。
「その考えは極めて正しい。
が、俺がはいそうですかと見逃すと思っているのか?」
「・・・・・・・・・・・見逃しちゃ・・・・くんねぇだろうなぁ・・・・・」
わかっている。
今のハドラーは間違いなく悪だと。
あの時、最後に自分とダイを庇ってくれた武人ハドラーではないのだと。
今は本当に敵だと。
そうわかっているのだけれど。
それでも。
彼は最後の最後は仲間だったと。
そう思ってしまっているから。
今まさに、自分に攻撃をしようとしている相手に言う言葉ではないなと、
内心自嘲して。
それでもポップはハドラーを真直ぐ見詰め言葉を紡いだ。
「アンタが見逃してくれなくても。
俺を殺そうとしても。
出来るなら。
俺はアンタと戦いたくないんだよ、ハドラー。」
ひたりと己の目を見据え紡がれたその言葉に、
理由のわからない苛立ちが込み上げ、
ハドラーは激昂のままにポップの肩を掴み声を荒げる。
「・・・・ふざけるなっ!
それは命乞いのつもりか?
それとも死を前にして可笑しくなったか。」
「・・・・・・・違うね。
俺は絶対に此処では死ねないけど、アンタに命乞いなんかしない。
死なない決意があるから、可笑しくなんかなれる訳がない。」
肩を掴まれ、痛みに表情を歪めつつも決して背けないその視線に、
ハドラーは再び忌々しげにギリリと歯噛みし、掴んでいた肩から手を離しポップを突き飛ばす。
そうして、地面に叩き付けられる痛みから小さく悲鳴を上げ蹲るポップの、
その向けられた眼差しが外れ、ハドラーは肩を戦慄かせながら口を開いた。
「お前の・・・っ。
お前のその眼が気に入らん!」
憎しみでもない。
恐怖でも、侮蔑でもない。
哀れみとも違う。
脅えることもなくただ真直ぐに向けられるその眼の色をハドラーは知らない。
知らないからこそ、その眼差しが酷く苛立たしかった。
得体の知れぬその色は、
まるで遅効性の毒の様にじわじわと体中を巡る様で。
それでいて、拒めぬものの様に思えて。
「何故脅えの色がない?!
何故憎しみに彩られていない?!
俺はお前の師を殺した仇ではないのかっ!!」
「・・・それでもっ!」
何故だとそう問い詰めるハドラーの言葉を遮る様に声を被せ、
ポップもまた声を荒げる。
それでも仲間なんだ。
そう言ってしまえれば、どれだけ楽だろう。
アバン先生も本当は死んでいないのだと。
アンタは最後は俺達を助けてくれたのだと。
そう言う事が出来ればどれだけ楽だろうか。
ともすれば口を付いてしまいそうなその言葉を噛殺し、
ポップはゆっくりと息を吐き、別の言葉を紡ぐ。
「だって・・・・・・・・・仕方ないじゃないか・・・・・
俺は・・・・アンタが嫌いじゃないんだから・・・・・・」
嫌いになんてなれないんだから。
そう心の中で付け足して。
ポップが紡いだその言葉に、ハドラーも今度こそ沈黙する。
そうして、相手の出方を伺う奇妙な沈黙の最中。
遠く離れた地から、小さな地響きが聞こえた。
その瞬間。
グンと体中から魔法力が湧き上がるのを感じ、
ポップは驚いた様に地鳴りの方向へと視線を向ける。
「・・・・・・・・・氷魔塔が・・・・・」
先程まで背後に見えていたその塔は、今は見えない。
仲間の誰かが壊してくれたのだと、そう思うままにポツリと呟けば。
小さく聞こえた舌打ちに、ポップは再びハドラーに視線を戻す。
「・・・・・・・ふん。
やはりアバンの使徒相手にレッサーデーモン如きでは役不足だったか。」
「・・・ハドラー・・・・・」
「満足か?
下らない芝居で俺を足止め出来て。」
「違うっ!!!!
そんなんじゃない!俺は本当にアンタが・・・・・っ!!」
「黙れ!!!!!」
これ以上は聞きたくないと吐き出された叫びは怒りを含み。
今度こそ憎々しげに睨む眼差しは殺気を纏う。
そんなハドラーの形相にポップが小さく息を呑めば、
ハドラーはそれを尻目に踵を返す。
「・・・・・・・・・・・次は必ず殺す。
お前だけじゃない。
アバンの使徒を、魔王軍に刃向かうものは皆、殺す。
覚悟しておけ。」
「っ!ハドラー!!!!」
待ってくれと伸ばした手は、ハドラーのマントの裾には届かず。
ただ虚しく宙を掴む。
そうして、掴みそこねた手をゆっくり戻し、
ポップはその手を眺める。
「・・・・・・・・見逃して・・・・くれたのかねぇ・・・・」
誰に言うでもなく、ただ自嘲気味に笑って。
ポップは深く、深く溜息を吐いた。
ダイを助けたい。
ダイに死んで欲しくない。
それは今も変わらない一番の願い。
一番やり直したい過去。
けれど。
悔やみきれない過去は。
やり直したい過去は。
本当はそれだけじゃない。
ダイを助ける為にはどんな事でもすると。
確かにあの時誓ったはずなのに。
尤も安全に、確実にダイを助ける為には。
なるべく通ってきた過去を歪めず進むべきだとわかってるはずなのに。
「俺の手は小さいな・・・・・・・」
こんな小さな手では掴めるものなんて、そんなにないとわかってるのに。
それでも。
この手で持てる以上のものを掴み取りたいと願ってしまいそうになる。
結界陣も消え漸く制約のなくなった回復の魔力を腹部に押し当て、
ポップは立ち上がる。
魔法力は殆ど残っていないが、それでもホイミをかける程度ならば何とかなる。
応急処置と尤も損傷の深い内臓に回復を絞れば、
走るまでは無理でもそれなりのスピードで歩けそうだった。
立ち止まってる暇はないのだ。
己の手が、力量が、小さいと。
嘆いてる暇も今はない。
さて行きますか。
そう小さく呟いて。
ポップは歩みを速める。
まずは中央塔へ。
ダイ達と早く合流する事が先決とそう決めて。
「・・・・・・・迷うな・・・・」
ダイがいない未来なんて実現させないと誓ったんだから。
「迷うな。」
その為には何でもすると誓ったんだから。
「・・・・・あぁ・・・・チクショウ。それでも・・・・・」
泣いてしまいそうだ。
ポツリと呟いて。
ポップは前を向いた。
to be continued
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