おめでとうございます。
そう口々に祝いの言葉を述べる臣下に鷹揚に頷き
彼女は小さく笑った。

やっと此処まで来たと。

体中の血液が沸騰するかと思えたあの時の怒りを
自分は一度たりとも忘れた事などない。
人など全て滅んでしまえば良い。

大切なあの人を奪っていった憎い女。
あの女がまだ生きているかは分からなくても、
あの女の血族が何処かで生きていると思うだけで
ふつふつと憎悪が込み上げる。

まぁいい。

小さく笑って彼女は己が座る椅子を撫でた。
色取り取りの装飾に飾られ、金色に輝くこの椅子をどれだけ渇望した事か。
それがやっと手に入ったのだ。

あとはそう。
全てを己が復讐の準備を整え機会を待つだけでいい。

「もう少しよ・・・・」

ぞっとするほど美麗な笑みを湛え彼女は呟いた。

まずはこの国の全てを自分の意のままに。
そうして。
その後は復讐を。

「待っててね・・・兄様・・・・」

貴方を殺した人間など
存在する価値もない。

恐怖と絶望に震えながら滅んで行けば良いのだ。




・・・・・・それは人と妖精の混血達が住まう村が出来る少し前の話-------



其は無明の闇に差し込む光



案内された教会の中に
彼は居た。

眠る様に横たわる彼に、マトリフは静かに近づくと
苦笑し、言葉を紡いだ。

「・・・よう。久しぶりだな。
結構長生きしたじゃねぇか。」

そっと手に持っていた花を手向け、マトリフはその姿を眺める。
歳を重ね、若い頃の面影を探す事は困難だったけれど、
その表情は何一つ悔いを残して居ないと思われる程穏やかで。
良かったと、安堵する。
100年近く生きた男に何故死んだなどとは言う気もない。
むしろ良く生きたと褒め称えたくらいだ。

「約束覚えてたんだな。相変わらず律儀なヤツだぜ。」

それは遥か昔に交わした約束。
生きる世界が変わる自分達はもう会う事は少ないだろうからと。
そう言い出したのは、
今そこで横たわる彼の方だった。



『なぁ、マトリフ。俺考えたんだけどさ。
俺達は、きっともう中々会えないだろ?』

『中々じゃなくて絶対だろうが。
お前、本気で馬鹿だな。』

『・・・最後の最後までムカつくなぁ。お前。
友達の最後の言葉くらい突っ込まないで聞けないのかよ。』

『お前こそ最後くらいまともに言葉喋れ馬鹿。
あんまり馬鹿なままだと嫁に捨てられるぞ?』

『はん!シャナはそんな事で俺を捨てるもんか。
お前こそその性格直さないと嫁さん貰えないぜ?』

『それこそ余計なお世話だ!』

『あ〜もう!埒があかねぇ!!
とにかくさ、もう会えないだろ俺達。
よっぽどな事がない限り、さ。
だから。俺が死んだら合図を送るよ。
そしたら見送りに来い。
俺もお前が死んだら見送ってやるから。』

『・・・はぁ?普通結婚したらとかじゃねぇのかよ。
そう言うのって。』

『・・・お前性格悪いから結婚出来なさそうだし・・・・』

『ぼそっと不吉な事言うんじゃねぇ!!』


思い出した最後の会話にマトリフはくつくつと笑う。

「わざわざ見送りに来てやったんだぜ?感謝しろよな。」











「マトリフと夫は友人同士でした。」

少し離れた場所でその様子を眺めながらシャナがそう言うとポップはこくりと頷いた。

「見てて分かりました・・・・師匠は本気で面倒な事が大嫌いな人だから。」

よっぽど大切な友人だったんですねと呟けば、シャナは嬉しそうに微笑む。

「えぇ。本当に仲が良かったの。
私が夫達に始めて会った時も、仲良く口論していたわ。」

トルテとマトリフとそして、もう一人の仲間と。
始めて会ったのはもう80年近く前の事。
迷いの森に足を踏み入れた彼らに会い。
そして、恋をした。
人間である彼が今までの世界と決別し、
自分を選んでくれたあの幸福感は今もはっきり思い出せる。

「・・・・私達妖精はね、とても長生きなの。
だからなのかしら、私達にとって死は悲しい事でも不吉な事でもなくて。
新しい旅立ち。
私達は葬儀の時は白い服を着るのよ。
次の人生を祝福する為に。」

悲しくないのですかと聞けば、また会えると信じてるから。
そうにこりと微笑まれ、ポップは何となく居た堪れなくなり視線を逸らす。
自分なら、きっとそんな風に言えない。
それほど強くなれない。
そして、師の友人である亡き夫に深い愛情を示す彼女に心の中で小さく詫びた。
ほんの一瞬でも2人の間に流れた空気を疑った事に。


そんな時、キィと小さな音を立て教会の扉が開かれた。
誰か村の人が挨拶にでも来たのかとポップが視線を其方に向けた時、
ひっと喉から搾り出すような声が耳に届く。
その様子に振り返ればまさに顔面蒼白と言えるシャナが小さく体を震わせ、
信じられないと言った面持ちで来訪者を見詰めていた。

「・・・まさか・・・」

そう呟く彼女を気遣いながらも視線を再び其方に向ける。
そこには黒い装束を身を纏い、うっとりと微笑んだ一人の女が立っていた。

「女王陛下・・・・」
「・・・お久しゅう。我が同胞。
夫を亡くしたそなたに祝いを。」









カタカタと震えるシャナを庇う様に前に立ち、
ポップは女王と呼ばれた女を凝視しする。
女は言った。
祝いと。
それは夫を亡くした者に向けて良い言葉ではない。
それに妖精は葬儀の時白い服を着るのだと、今言われたばかりだ。

一見美しいとも見える微笑を浮かべる女に、
ポップは警戒心を露にする。
じとりと伝わる悪意を感じて。

「そんなにジロジロと見るものではない。人の子よ。」

女王はポップを見ると鈴の様な凛とした声で笑う。

「そう見られては困るではないか。」

すぅと女王の眼が細められる。
笑みが消え、高圧的とも言える表情に表れるのは。
はっきりとした侮蔑の色。
それを隠す事もせず、女王は唄う様に言葉を紡いだ。

「八つ裂きにしたい程わらわは人が嫌いなのだから。」



刹那。風が協会中に吹き荒れた。

「っ!!」
「きゃぁぁ!!」

咄嗟にシャナを庇い防御をと術を唱えようとした時、
後方から声が響く。

「フバーハ!!」

マトリフが唱えたその術に僅かではあるが風が和らいだ。
その隙に己もまた術を唱え、女王を見れば。
女王は、黒い風を纏い不適に笑う。
それは最初の一撃を凌いだ事への只の見下した賞賛であったのだが、
足早にポップ達の元へ駆け付けたマトリフを見た時、女王の表情は一変する。
驚愕の表情へと。

「・・・お、お前は・・・・」

わなわなと肩を震わし、その形相は先ほどからは想像も出来ない程歪められていた。
その眼からはっきりと伝わるのは、憎しみ。
これ以上ないと言う程怒りの篭った眼をマトリフに向け、女王は口を開く。

「お前は・・・・マトリフ・・・・・っ!!!
忘れるものか・・・・その顔!!
お前達のした事を!!」
「・・・・ユフィテ・・・・」
「っ!お前などに気安く呼ばれる筋合いなどないわ!!
あの日より80年一日たりとも貴様達を忘れた事などない!
兄様を!!
私の兄様を奪った憎きお前達を忘れるものかぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

激しい怒りのままに女王はマトリフへと雷を放つ。
最早その眼に映るのはマトリフ一人。
ポップ達には眼もくれず二度三度と雷光を放った。

今は事情を聞いている場合ではない。
瞬時にポップはそう判断するとマトリフの元へ走る。
その間もマトリフは雷を往なし、自分の杖を瞬時に地面に突き刺す。
バチッと嫌な音を立て雷がそこへ収束すると共に後方へ飛び、術を発動させる。

「ピリオム。マホカンタ。」

眼の前に光の障壁が現れる。

「小癪な!!!
その様なモノが効くと思うてか!!!」

その障壁に女王は益々眼を釣り上がらせると吼える様に叫び
両手に魔力を収束し始めた。
黒い雷が集まり、そして姿を変える。
多きな獣の形に。
狼を模した様な姿に成ったそれは生きてるかの如く牙をむき
マトリフに向かい一直線に放たれた。
獰猛な獣のそれは素早く、マトリフを狙う。
早い。
そう呟くより早く唱えていた術と開放する。

「ベギラゴン!!!」

黒と白の両の雷が中央で火花を散らした。
バチリと対立し押し合う魔力の衝突はほぼ互角。
だが女王はそれに構わず、いや寧ろその衝突にニタリと笑みを浮かべる。
そうして見えるのはもう1匹の黒い獣。
膨大な魔力を秘めた妖精の女王が勝ち誇った様にそれを放つ。

「ちっ!!」
「2体は耐えれまい!」

これで終わりだと黒い雷がマトリフに向かった時、
焔の鳥がそれに食らい付く。

「メラゾーマ!!!!」

ポップの放ったそれは黒い雷を牽制し絡み合う。

「おのれ・・・・・邪魔をする気か・・・・!!!」

ぎりりと唇を噛締め女王は憤怒を露に低く呻く。
禍々しいまでの魔力を高め、マトリフとポップを見やる。

「・・・・ならば・・・・此処で全力を持って貴様らを灰にしてくれる!!!!!」

邪気を込めた魔力を開放すれば、それは強大な風と成り二人に襲い掛かる。
圧倒的魔力に吹き飛ばされ二人は壁まで吹き飛ばされる。
ダンと勢い良くぶつかったそれに痛みを感じる間もなく、
女王の笑い声が響いた。

「・・・・兄様に詫びながら死ぬがいい!!!!」






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