それは。
長い悪夢の様だった。
咽返るような血の臭いと。
夥しい骸とかした魔物の山。
そこが自分の住むべき所となって一体どれくらいの時が過ぎただろう。
ここにあるのは破壊と殺戮と死だけだった。
何度元の世界にと。
大切な仲間が居る地上に戻りたいと。
そう願い続けた事だろう。
けれど、自分が居るのが魔界だと気付いた時。
今まさに封印を解かんとする冥竜王ヴェルザーが地上を狙っているのだと知った時。
ダイは地上に帰りたいと願うのを止めた。
守りたかったから。
大切な仲間を。
愛しい彼を。
「・・・もう皆に会っても誰もわからないかもね。」
ひっそりと微笑んでそう言ったダイの姿は、
幼さは為りを潜め、かつての面影を残すのは頬の傷だけ。
そこに居るのは精悍な顔立ちの青年だった。
無理もない。
あれから、もう長い長い時間が経ったのだから。
最早地上で自分を知っている者はほんの一握りだろう。
それほど長い時間が過ぎた。
最初の10年は、戦いが早く終わる事をただ願った。
その為だけに幾度と無い死線すら潜り抜けてきた。
次の10年は、恐ろしかった。
長い年月の中でも殆ど成長しない己に。
そして人である仲間達が自分を忘れていく事が。
そしてまた10年20年と時だけが緩慢と進み、
最早地上の仲間の殆どが天寿を全うしたと気付いた時。
ダイは時を数えるのを止めた。
己の中に脈打つ竜騎士の血が告げていたのだから。
戦い以外で己が死す事はないと。
そして、死してもそれは死ではなく。
新たな肉体で蘇るだけ。
何故ならば己は最後の竜騎士だから。
輪廻から外れ、未来永劫己は戦い続けるのだ。
それは即ち死しても仲間に会う事は無いと言う確定。
それからは何も考えなくなった。
ただひたすらに魔界を掌中に収める為。
否。他の事を考えない為に走り続けた。
そうして。
今がある。
己が居城で魔界の全てを掌中に。
魔界の覇王となった今が。
「・・・ねぇ。ヴォルフ。」
ダイは城下を眺めたまま、背後に控える部下に声を掛ける。
ヴォルフと呼ばれた男は頭を垂れたまま、小さくはっと答えた。
「・・・俺が魔界に来てどれくらいたったと思う?」
「・・・・・・たしか250年ほどの時間が過ぎていると思います。」
最もこれは地上での時間ですが。と静かに続ける気の利いた部下にダイは苦笑する。
「そうか。もうそんなに経つんだね。」
地上の様子も大分変わっただろうか。
もう己の知っている場所など何処にも無いのだろうか。
そう思った時、ふと押さえていた筈の想いが湧きあがる。
行ってみようか。
懐かしい故郷へ。
今ならば、誰も自分を知らないのだから。
そして、きっと自分は悲しくなるだろうけれど、
過去への決別には丁度いいのかも知れない。
うんと一つ頷くとダイはそのまま飛翔呪文を唱え始める。
その合間にヴォフルの方をちらりと見やれば、
心得たと言わんばかりに会釈される。
「行ってらっしゃいませ。我が主。」
後の事はお任せをと笑う部下にダイもまた笑みで返し
空高く舞い上がった。
2へ
戻る